22 後宮官吏

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22 後宮官吏

「フィオナ殿は、もしかしたらこの閨担当が決まった時に目星を付けていたのかもしれませんね。どちらにしても、この期間の不貞は許されませんので、全てが終わった後に縁が結ばれることになりますが」 「へ、へぇ」  あのオメガはとても綺麗だった。相手があらかじめいたのか……。でも、相手がいて他の男と寝るってのはどうなんだ? よく分かんねぇな。 「シン殿も、今のうちから優良な相手を見つけておくのも良いと思いますよ」 「ソ、ソウデスネ」 「どんなアルファがお好みですか?」 「え……いや、俺は好みとか、アルファがいいとか、そういうのは無いです」 「ではベータが相手でもいいと?」  なんだかどんどん突っ込んでくるな、なんだろう。  結婚する気がないとか言えないし、だって結婚するのが条件だろう。誰かと(つがい)になることで、仮に王子のことを好きになったとしても、王子とは絶対に結ばれないようにするって……。今から結婚する気はありません、とか言ったら絶対に後であのオジサンにめちゃくちゃ怒られるに決まっている。  どうしたことか。 「でも閨が終わったら誰かと(つがい)にならなければいけないんですよね? ベータが相手でもいいんですか?」  俺の疑問に、男は笑顔で答えた。 「もちろんです。(つがい)が絶対条件というわけではありません。これは、閨を務めたオメガへのご褒美なのですから、好きな相手と王家が縁を結んでくれますよ。結婚したオメガに殿下がなにかをするはずもありませんし、殿下もその頃には妃殿下になる方と(つがい)契約をしているので、過去のオメガに(つがい)がいなくてもリスクはさほどありません」 「そっか……」  俺はほっとした。ひとつ問題が片付いた。この仕事を終わったら、必ずしも(つがい)をつくらなくてもいいということを知れた。良かった。でも、結婚は絶対なのか。 「シン殿に希望が無いのでしたら、僕なんてどうですか? 僕はベータですが、伯爵家の身内がいるのでいずれは伯爵の爵位を賜りますし、一応将来有望な貴族です」 「へ?」  なぜいきなりのアプローチ? 「僕は本気ですよ、あなたが気になっています。健康的で、しっかりと仕事と向き合い、ひたむきなあなたが。この後宮で働いてきて沢山のオメガの方を見てきましたが、シン殿のような方は初めてだ」 「えっ、えっ?」 「美しいだけではなくて、芯が強く、儚さもなく、逞しい」 「あ、あ、あの……」  俺は今、告白されているのか? この男はいったいどうした!? 「考えてみてはいただけませんか? 僕ならあなたを幸せにしますし、たとえ殿下の手垢がついていても気にしません」 「いや、ちょっと、その」 「シン殿は、オメガなのにアルファにこだわっていませんよね?」 「……はい」  アルファにはこだわっていない。こだわりと言ったら、結婚にも期待も何もない。 「では、僕があなたの花婿候補に……ひっ」  俺の手を掴んで哀願してきた男が、言葉の途中に急に顔が引きつった。えっ、どうした?  いきなりこの部屋の空気が変わった。とてつもなく怖い。俺がオメガだからか? 何か異様なものを感じる。  握られた手に力がこもって少し痛い。目の前の男は固まったように動かなくなった。散々さっきから言葉が止まらず、ずっとしゃべっていたのに。どうしたというのだろう。この部屋には俺とこの男だけだった。だけど、俺の後ろに何か気配を感じて俺は振り返った。  するとそこにはとてつもなく恐ろしい存在がいた。そう、そこには、怖い顔をした殿下がいた。 「ひっ!」  俺は驚いて声が漏れてしまった。男が固まるのも分かる。殿下からめちゃ怖いオーラが出ている。これは、もしや、俺の不貞?  「その手を離せ」 「えっ、あっ、はい」  きつく握られた手は解かれた。目の前の後宮官吏は、すぐに我に返り、俺の隣から立ち上がった。目の前の怖いオーラを出す男、王太子殿下に向かって声を出した。 「殿下、お迎えもせずに申し訳ありません」 「お前は、今、私のオメガに何をしていた」 「も、申し訳ありません。その、シン殿に閨担当が終わった後のお話をしておりました」 「閨担当が終わった後だと? 余計なことを。なぜ私のオメガに許可なく触れた?」 「つい、勢い余って。申し訳ありません!」  この王子、こんなに怖い人だった? 王子の空気感に、目の前の後宮官吏とともに俺もビビった。 「この罪は重い。以後、沙汰を待つように。シン、行くぞ」 「あっ、はい」  王子が俺を見た。顔が今まで見たことないくらい、怒っている。怖い。こんなにお怒りなのに、俺この人についていかなくちゃいけないの? お仕事怖い。というか、これってギロチン? 不貞の罪? 王子は怒った空気を隠すことなく、先を歩いた。これ以上怒らせないように、俺は慌てて椅子から立ち上がった。  立ち上がった時、俺の足がもつれそうになった。すかさず頭を下げ続けている後宮官吏が俺を支えてくれた。 「シン殿、危ない」 「あっ、ありがとうございます」  すると王子が凄い勢いで戻って来た。 「私以外の男と触れ合うな」 「えっ」  触れ合うなって、ただ助けてくれただけなのに。この人が支えてくれなかったら俺は顔面からコケていたぞ。酷い言いがかりだった。王子は俺を断りもなく、抱きかかえた。 「えっ、やっ」 「黙れ、シンは連れて行く。お前たちは仕事に戻れ」  まるで薪を持つかのように抱えらえて、殿下と俺はオメガの控室から出た。  扱い、酷くない?
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