19 エリザベス嬢

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19 エリザベス嬢

「あらあら、お嬢様。レイノルド様のお友達の前ですよ。淑女らしくないですわ」 「あら! あなたがラードヒル男爵子息ですのね。失礼いたしました」  侍女が注意をしてくれたお陰で、俺の硬直した体は少しゆるんだ。侍女に注意をされたエリザベス嬢は名残惜しそうに、レイとの口づけを終わらせて、レイに抱きつきながら俺に話しかけた。それでいいのかご令嬢。  あれ? なんか目の前で見ると、見たことあるような気がしてきた。学園が一緒って言っていたから、見かけたことがあったのかな? 「わたくしエリザベスと申します。どうか気安く名前でお呼びくださいませ。わたくしもシン様と、お名前でお呼びしてもよろしいかしら?」 「あっ、はい! エリザベス様、俺、いえ、私はラードヒル男爵家のシンと申します。私のことは、シンと呼び捨てで構いません」 「まあ、嬉しいわ! レイのお友達ならわたくしともお友達になっていただきたかったの! シンって呼ばせてもらいますわ。シンもベスって言ってくださいね。あと、わたくし達の間にかしこまった話し方はなしよ!」  エリザベス嬢は、可愛く親しみのある笑顔を俺に向けた。やはり柔らかい雰囲気のご令嬢だ。そしてレイの胸にすっぽりと埋まるくらいの体型だった。レイのことだから、なんとなく相手はすげえ大人な色気ムンムンのセクシーな美女を想像していたけど、そんなことはなく彼女は少女のように可憐な女の子だった。美しいというよりとても可愛くていつまでも愛でていたいような、純真無垢な感じの女の子。きっと性格もすごくいいのだろうなと想像できるくらいに感じがいい。上位貴族なのに、俺のような男爵家の者にも気さくだった。 「えっと、でも、初対面ですし」  俺がエリザベス嬢を前に戸惑っていると、彼女を抱きしめるレイが笑って俺に言う。 「シン。シンこそそんな話し方すると、俺がムズムズするから止めてくれ。いいじゃないか、ベスもこう言っているし」 「そ、そうか?」  いまだ抱擁を解かない熱々の二人は、俺に期待の目で見てくる。公爵家のお嬢様にそんな態度で本当にいいのだろうか?  「ねっ、お願い。シン! わたくし二人の友情のお話を聞いていて、ぜひ二人のお話に参加もらいたいって思っていたのよ。外では礼儀正しくしている分、愛するレイの前ではただの身分の関係ない普通の女の子でいたいの」  ただの年下の女の子の普通の希望だと思った。彼女がそう言うなら、レイと接するようにしても誰にも文句は言われないだろう。そもそも、秘密の逢瀬のような二人の会合なのだから、二人以外俺のデカい態度を見る人がいないから、大丈夫か? 「わかった。そういうことなら、よろしくな、ベス」 「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね」 「うおっ!」  エリザベスはやっとレイから離れて、俺に向きあって、抱きついてきた。思わず胸に収めてしまったが、レイは怒ることなく笑っていた。 「ベス、良かったな! 今日からシンはベスの友達だ」 「ええ、嬉しいわ。レイと出会ってからわたくしの世界がどんどん広がっていくわね」  お前は、ご令嬢をつかまえてどんな世界を見せているんだよ。ま、エリザベス嬢も嬉しそうだから、伯爵家三男というおとぼけ男くらいが、気が抜けていいのだろうと思った。とにかく幸せそうな親友を見るのは嬉しかった。  女の子に初めて抱きつかれた俺は、悪い気がしなかった。そうだよ、俺の恋愛対象は決して男でアルファだけじゃないはず。なんで今まで殿下にキスされて、抱きしめられて、それが当たり前みたいな感覚になっていたんだろう。男たるもの、か弱き女性を守るのが昔からの決まりなはずだ。  俺はオメガで生きるつもりもなく、男というくくりで生きるんだ。  改めてご令嬢という生き物を見て、俺なんかがオメガというだけで男に抱きしめられていたのが、おかしいと思った。オメガ男より、可愛いご令嬢の方がアルファだって好きに決まっている。だから殿下もあの日、婚約者であろうご令嬢と楽しそうに腕を組んでいたんだ。俺とは腕を組むことも無ければ楽しく話すことも無い、会ってすぐいやらしいことをするだけ。でも、あのもうひとりの閨担当くらい可愛かったら、もしかしたら楽しい時間を過ごしているのかもしれないが、俺は違う。  だから殿下も俺に手を出さないんだ。そう思ったら、なんかむなしくなった。
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