20 令嬢と垂れ目男と俺

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20 令嬢と垂れ目男と俺

 ベスの侍女がお茶を淹れてくれたこの煌びやかな一室では、親友とその婚約者と平民に近い俺がいる。サロンスタッフが給仕に来ないところを見ると、この二人の秘密の逢瀬感が凄く伝わる。  はあ、お茶が旨い。さすが王都にある高級サロンだ。 「ねえ、シンに恋人はいらっしゃるの?」 「ふへっ? いないよ、そんなの」 「あら、そうなの? でもそんなに美しいんだもの。恋人はいないにしても、殿方のひとりやふたり候補にはいらっしゃるわよね? レイに聞いてもそんなことは知らないから本人に聞けっていうんだもの」 「いないよ、そんなの。レイも知ってるだろ?」  年頃の女の子らしく、そういう話をふられた。  なんていうか、ここは令嬢御用達サロンなのかもしれない、お茶会みたいな場所ではそういう話をするものなのか? 俺は社交の場には行ったことないから全く知らなかった。するとレイが興味なさげに答えた。 「俺は知らないよ、聞いたことないし」 「言わないってことは、そういうことは無いんだよ」  俺はすかさずレイの言葉に反応した。 「アルファにこだわっていないとは聞いたけど、それだけしか知らないからな」 「じゃあ覚えておけよ、俺はそういう相手を求めてない。なんなら一生いらないしオメガとして誰かに縋るような生き方はしない。俺は学園で学んだら領地に戻って領民と共に生きるんだ」  二人は目を合わせて驚いていた。 「まぁそうなの? シンは自立した考えをお持ちなのね。さすがレイのご友人だわ。わたくしも、もうお友達のひとりだけどね!」 「ありがとう」  ああ、ご令嬢は何を言っても可愛いな。俺はにっこりとした。 「シン、お前そんな考えだったのか。さすがだな、学園にいるオメガ男子とは違うとは思ったけど、そうきたか」 「そうきたよ!」  なんていうか、さすが俺の友達とその彼女だ。懐がデカイ。そんなことを言うと大抵の人は、オメガの幸せはアルファを得ることだと言うし、俺のオヤジがその代表格だった。お前は母さんというオメガひとり満足に幸せにできていないぞ、と俺は思ったが言わないでやった。オヤジみたいな出来の悪いアルファに嫁いだ母さんに同情するよ。  そんなアルファというものを身近で見てきたから、夢も何もない。そして王都に来て驚いたけど、アルファに媚びるオメガが意外にも多くいて受け入れられなかった。俺は自立した男になるんだ! だからオメガとかそんなのは関係ない。ひとりで逞しく生きて、領地を飢えさせない努力をする! それが俺の人生の目標で野望だ。  男に縋る人生なんて絶対いやだ。 「じゃあ、シンにはまたレイの相手役を頼もうかしら」 「えっ、やだよ」 「ええ! な、なんで?」  ベスが大きな声を出した。すると後ろに控えていたベスの侍女が「お嬢様、慎みを……」と言った。ベスは「そ、そうね。令嬢たるもの常に冷静っ」とぼそりと呟いていた。 「俺は、レイみたいないい男と仲良くやってます風なのはもうごめんだよ。友人として隣に立つならいいけど、そういう相手役はもうやらないからね」  というか王子がそれを許してくれないからな、雇用主の言うことは絶対だ。でも雇用されていることは言えないから、俺ならではの理由で断った。 「あら、残念。こないだの観劇のとき、わたくし二人の姿を見て感激しておりましたのに。見目の良い殿方カップルは、心が潤いますの。次も遠くから見て目の保養にしようとしていたのに」 「なにそれ、俺とレイが腕組んでも気持ち悪いだけだろ」 「そんなことないわ」 「そんなことないな」  ベスとレイが同時にそう言った。すると少しだけ小さい声で侍女が「……それはもう美しく」と顔を赤らめて言っていた。  三人は絶対面白がっているに違いない。その手には乗らないぞ。 「あれ? そういえば、あのときベスもあの会場にいたの?」 「ええ、そうよ。わたくしの従兄弟殿は婚約者が国外の方だから、わたくしがそういう場所に付き合っているのよ。全く迷惑してるわ」 「そうなんだ」  じゃあ、あの会場で俺もベスを見たのかな?  「ほら、会場でシンも見ただろ。ベスの従兄弟殿は王太子殿下なんだよ」 「……は?」 「ベスは王弟殿下の娘だから、正真正銘のお姫様で、これからは俺だけの姫なんだよ」 「王弟殿下……」  俺は固まってしまった。そしてベスはレイに俺だけの姫と言われて、またうっとりして目をしていた。  うわ、まじかよ!? 俺みたいな身分の奴がこんなに王族関係者に会っていいわけ? というかまじでレイすげぇ。 「え、ええーっ、そうなの? じゃああのとき殿下の隣に座っていた女の子がベスだったの!?」 「そうよ。今までは嫌いな婚約者のエスコートを断る理由で、従兄弟殿……お兄様のエスコート相手に、喜んでなって差し上げたの。婚約発表をしてからはレイと参加したいけど、お兄様をひとりにするわけにはいかないし。せめてレイをシンに任せたかったんだけど。だって夜会でレイと踊りたいけど、レイには悪い虫をつけたくないし」 「そういうことなんだ……」  前の婚約者は嫌いな相手だったのか、なるほど。そしてベスが笑顔で俺を見た。 「ね、レイにエスコートされてみる気になった?」 「う……善処する」  そういう事情なら殿下の許可が出るかもしれないし、今度殿下に聞いてみるか。でもあのときの可愛い女の子は、婚約者じゃなくてベスだったのか。仲良さげに腕を組んでいるのを見て、少し胸がもやってしたけど、今なんかすっきりした。  あれ、どうしてだろう? あれは、そうだ罪悪感かもしれない。キスした相手の婚約者……だと思っていた相手を見て、あの時は申し訳ない気持ちに勝手になっただけだ、そうに決まっている。  
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