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6 初体験はお早めに
部屋のドアを締め、こちらを振り返った殿下が驚いた顔をした。
「シ、シン! な、何をしている?」
「えっ、服を脱ぐのに時間かかって申し訳ありません。すぐに後ろをお見せしますのでっ!」
やっべえ、殿下そんなに急いでいたのか! 俺は思いっきり焦った声を出して、涙目になる。もっと手際のいいオメガだとでも思っていたのか? 俺はヤル手順なんて知らないんだよ。
すると殿下が戸惑う声で聞いてくる。
「いや、違う。なぜ服を脱いでいるのだ」
「えっ、だって、相性……」
殿下は、自分の上着を脱いで俺にかけてきた。シャツがはだけて下だけがぼろっと脱げているが、足元にズボンが引っかかっている状況の俺。あっ、王族の服やばい。いい匂いする……と、現実逃避した。
「シン。相性を確かめる行為には、何を聞かされていた?」
俺の両腕を掴んで真剣な顔で問うてくる。何をって、なんにも聞かされていない場合どう答えていいのだろう。
「……あの、何も。閨担当としてする事はこういうことかと思って……」
「そうか」
殿下は俺を抱きしめると、数人は座れる大きな腰掛けに押し倒された。あっ、やっぱりヤルのか? 服は脱がずにヤルのが正解だったのか? 殿下が俺を組み敷き、吐息がかかるくらいの距離感で見つめあった。
「確かめるのはお互いのフェロモン。ただ首元に近づいてこうやって香りを嗅ぐだけで、さすがに初日から体は合わせないんだ」
「んっ」
殿下が俺の首に鼻を擦りつけた。くすぐったい。
「まだ経験がないなら、首だけじゃフェロモンは弱いな。服を脱ぐくらいだから……いいんだな?」
「えっ」
何を? と聞く暇もないくらいの高速で唇が近づいてきた。
少し殿下の唇が俺の唇をかすった。俺の咄嗟にとった行動は、殿下から顔を背けて否定したことだった。殿下がまたも驚いた顔で俺を見てから顎を掴み、横に背けた顔は正面に戻された。
「キスでフェロモン確かめたいけど、ダメだった? シンは直接ここから吸って味を確認して欲しいの?」
顎を掴んだ手と反対の手は、俺の急所をさすった。
「あっ、ちがっ……います」
「じゃあ、口の中を確認させてくれるね?」
「……は、い」
今度は了承を取られ、そっと唇が重なる。
初めての感触に驚いた。良いかと言われると何も感想はなく、ただ唇が重なっただけ。体を重ねるならまだしも、ただの閨担当とのキスなど意味をなさないだろう。こんなんで相性なんか分かるのか疑問だった。
もういいかなと思い、そっと薄眼を開けると、俺をしっかりとした瞳で捉える殿下がいた。それを合図に口づけが全く別の行為へと変わっていく。
「えっ? んん」
息を吸おうと唇を開けた瞬間、殿下の舌がにゅろりと入り込んできた。唾液が交わる。息が上がる。歯の裏や上顎の中、とにかく唇の中の全てを殿下に奪われた。俺は想像もしていなかった行為に困惑すると同時に、初めて戸惑いが生まれた。今日会ったばかりの男にキスをされるまでは良かったが、粘膜が混ざる行為には驚きだった。
「んっ、はっ、んん……」
「シン……可愛いよ」
「あっ、もう、は……」
少し唇が空いた隙に離してと言おうとすると、すぐに塞がれる。俺の口からは聞き取れる言葉は出てこない。溢れる唾液を殿下は思いっきり吸い上げてくる。それでも拾いこぼしたものは溢れてくるので、俺もゴクリと飲み込んだ。体が熱い。これがフェロモンの効果なのか? はたまた殿下のキスがうますぎるのかはどちらも経験が無いので分からなかった。
「やっ、も」
ぐちゅっという音と、俺の苦しい息づかいだけが聞こえる。殿下は慣れているのか息が上がることもなければ冷静に俺の口の中を楽しんでいる様子。いつまで続くのか分からない中、底辺貧乏貴族の息子などに拒否権なんてなく、ひたすら耐えるだけだった。
「シン、ここも形がよくて綺麗な肌だ。こんなに健康的な子、初めてだよ。興奮する」
「えっ、ひゃっ」
キスがやっと終わったと思ったら今度は、はだけた服の隙間から手を入れてきた。左側の胸の突起をグニュっとつままれた。すると体の奥底から、不思議な感覚が出てきて、自分の眠っていたオメガ性が呼び起こされそうな不安に打ちのめされた。
更に無体なことに、俺の乳首はそっと舐められた。
「んんっ……」
「美味しいよ」
んなわけあるかーい! と思うも、舐めるだけではなく舌で転がされ、しまいにはきつく吸われた。不安とともに快楽が押し寄せてきて、今まで味わった事の無い感覚が生まれた。そしてこのオメガという体に、心が付いていけずにいた。
もういいから挿れて早く終わりにして欲しい。オメガだけど自分は発情期も薬でなんとかなる程度だし、とにかく性の経験は無い。男に押し倒されて上から乗られてくる状況なんて考えたこともなかったのに、快楽に落とされそうになったら急に怖くなった。自分もアルファに従うだけの、オヤジが言うオメガに成り下がったと悲しくなった。
「……シン。そんなに嫌だった?」
「えっ」
「そんな風に、声を殺して泣かないで。ちょっとやりすぎたかな?」
「あっ、もうしわけありません……」
「いや、シンが謝る必要はない。私が悪かった」
俺の瞳からこぼれ落ちる雫を、殿下が指でそっと拭った。知らないうちに涙が出ていたらしい。確かにに初めは嫌悪感しかなかったが、それが原因ではない。殿下と閨をすると納得はしたわけではないが、避けられないことは理解してここにきた。だから殿下のすることに嫌だとかやめてくれだとかは思わない。
この涙は自分への嫌悪だった。自分は仕事として閨の相手をすると思い込んでいたのに、キスをされてフェロモンを感じて、さらには胸を触られたくらいでオメガに堕ちた自分が悔しかった。
俺のミスなのに仕事相手に謝らせたことは、自分をより一層惨めにさせた。そんな微妙な空気感の中、急にドアが開いた。
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