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「目白、生きてるか。」
振り返ると、相変わらずしかめっ面の後輩がいた。
「三浦。何用だ?」
三浦梧楼。四将軍派と呼ばれる陸軍若手将校ら四人で構成される一種の派閥に属する一人だった。そして、幕末では奇兵隊で共に戦った同志なはずだ。彼の方はそう思っていないらしいが。
「生きてるかの生存確認だよっ!」
何故か大声を上げる三浦はどっかりと音を立てて隣りに──と言ってもかなり距離を空けてだが──座ってきた。
「……君がいると煩いし暑いし姦しい。」
「何だとてめえ。ってか3つ重ねやがった。」
眉をしかめ、元からのしかめっ面が余計に怖い顔になっている。
山の方から吹き抜けてくる風が、名も知らぬ果物の香りを運んできた。
「だって事実だろう?」
「……はぁ。お前のそういうところ昔から嫌いだよ。」
三浦はため息を付くと、僕の草履を引っ掛けて縁側から庭に出る。
「相変わらず見事なことで。」
そう言うと庭に生えているひまわりの花に近づいていく。
「君は僕の家を自分の別荘と勘違いしていないか?」
ここ最近ずっとこの有り様なのだ。
突然フラッとやってきては何やら庭を見てみたり、勝手に飯を食べて行ったり。
極めつけに勝手に書斎に入っては何やら戸棚を漁ってみたり。
「誰が目白の家に来たがるかっ!」
突然振り返ってまた大声を出す。
「……煩い。」
女中が三浦の座っていた場所に氷水をおいていった。
「ありがとう。」
礼を言いながら飲もうとすると、三浦は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「どうした……?」
「目白も礼が言えるんだな。」
心底感心したと言うようにうなずきながら氷水を手に取る。
氷水は喉をゆっくりと下っていく。
「君がもってこいといったのか?」
自分は女中に氷水をもってこいなんて言っていない。
「あぁ。どうせなら涼しく過ごしたいからな。年中陰気臭い顔したやつの顔見ていても涼しくなんねえだろうが。」
「ありがとう。」
「お、おうよ。」
やはりキョトンとした顔をして返事をしてくる。そんなに自分は礼を言わない人間だと思われていたのかと、衝撃を受けた。
しばらく二人で涼んでいると、三浦がつぶやいた。
「そ、その……、」
「なんだ。早く言え。」
「た、誕生日……だろ。」
そういうと何かを投げつけてくる。
「香水……?」
「お前、ま、毎日つけてるだろ!」
わざわざ買ってきたのか。三浦は香水をつけないし、そういう物に興味すらないだろうに。素直になれない後輩を少し背の小さい今はもういないある人と重ね合わせて。
「フッ。ありがとな。」
「お前……今笑っただろ!」
「いや、笑ってない。」
「いや、今聞こえたから。フッって笑いやがって!」
「笑ってないって。」
三浦は僕の方を掴んで揺さぶってくる。いつもよりは軽い力で。
「ありがとな。大切にする。」
「そーしろ。……誕生日おめでとう、山縣。」
ニカッとあの頃のように、僕らは笑いあった。どれだけ大切なものが違っても、どれだけ主義が違っても、どれだけ性格が違っても。
今のこの場だけは、笑いあえるのなら。
このかけがえのない時間に、僕は三浦のグラスに自分のグラスをカチン、と優しく当てた
────山縣有朋生誕日六月十四日。
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