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神泉幸四郎は、都内に店を構えるごく普通の占い師であった。しかしここ最近、ネット界隈で隠れた名師となっている。
詳しいことは不明。神泉氏はメディアに出ることは一切ない。以前同じ社内のライターがインタビューを依頼したが、都度断られている。
それでもネット上で彼の噂は浮上してくる。彼の行うのは占いではなく、予言やお祓いの類なのだと。
都市伝説を知ったり、語るときに近い好奇心をくすぐられるのだろう。
相談者は受けた内容を外部に漏らしてはいけないだとか、そういった噂もある。
そして、絶対に当たるのだそうだ。
そんな神泉幸四郎を占い特集に何とか取り入れろというのが、編集長からのお達しであった。私は頭を抱えた。
「何か悩んでいるんすか?」
声をかけてきたのは後輩の駒場ちゃんだ。
「神泉幸四郎って占い師知ってる?」
「知ってます! 占い好きの間では有名っす。そっか、神泉さんは取材NGっすからね」
「そうなのよ」
「取材しなくても、神泉さんのことを知る方法があります。占いをしてもらえばいいんす」
「でも約3ヶ月待ちだって聞くけれど」
駒場ちゃんはにやにやと笑った。
「実は私、前から予約していたんす。ついに来週の月曜日っすよ!」
ほら、とメール画面を見せてきた。
「付き添いは一人までOKみたいなんで、一緒に行きますか?」
「いいの?」
「本当は有給にしようと思ったんすけど、仕事の外勤ってことに出来るじゃないですか」
なるほど、そういうことか。しかしそれでも有難い。なんという巡り合わせだ。
私は駒場ちゃんに再三お礼を伝え、待ち合わせの計画を立てた。
神泉氏の占い処は埼玉の川越市の住宅地にあるらしい。
当日、私達は川越駅で待ち合わせをして、近くのバス停から8分ほど歩いた。
神泉邸と思われる家は看板などもない二階建ての、ごく普通の一軒家だった。
少し珍しいのは、庭に鈴蘭の花畑があることだ。駒場ちゃんはそれをみて「綺麗っすね」とはしゃいでいた。
「ありがとうございます。あれは妻の鈴蘭畑なのです」
声をかけたのは、和服姿の初老の男性だった。引き戸の玄関前で優しげな笑顔を微笑んでいた。
この人が神泉氏なのだろうか。
「素敵な奥様ですね」
「ええ。私には勿体無いほどの妻でした」
過去形。彼は空を見て遠い目をしていた。
「えっと、奥様は……」
「昨年、病気で亡くなりました」
「ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。鈴蘭を褒めて頂いて、私も嬉しいのです。予約されていた駒場さんと、付き添いの池ノ上さんですね。私が神泉幸四郎と申します。こちらへどうぞ」
神泉氏は私達を家の中へと促した。
私はもう一度、鈴蘭畑を見た。
確かに珍しい色だけど、少し不気味。
真っ黒な鈴蘭だなんて。
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