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降り注ぐ
この村には雨が降り続けている。
物心ついた時にはすでに雨が降ってた。そして、雫が高校生になった今も一日も止むことなく降り続けている。
村の住人たちは、何年も何年も降り続ける雨にうんざりしており、ついには外出も億劫になり外に出なくなっていた。
ただ、雫は違った。
雫もあまり雨が好きな方ではなかったが、ずっと気分が沈んでいると楽しく過ごせないと思ったから、雨の日ならではの楽しみを探すことにしたのだ。
雨はあまり大降りではないものの、ずっと降り続けているので川の水位は昔より上がっていた。氾濫するのではないかと思い、避難した人もいるそう。雫の家族はまだ村に残っている。
いざ外に出てみたが、この雨の中出歩こうとする人はいないのか、外に人は見当たらなかった。雫は一人で雨ならではの楽しみを求めて散歩をしていた。そして、綺麗な紫色の花が目に入った。
(あ、紫陽花だ)
誰かの家に紫陽花が植えられていた。紫陽花は雨が滴っており、輝いて見えた。
(綺麗だな)
しばらく紫陽花に見蕩れていると、前方から何やら足音が聞こえてきた。この雨の中私以外にも散歩をしている人がいるのか、と少し感動していたら、足音が私の目の前で止まった。
「おや、この雨の中散歩ですか?」
声を掛けられ見上げると、高校生らしき男の人と目が合った。
これが、藤野海理と雫の出会いである。
それから、雫と海理は話しながら散歩をしていた。
「へえ、この村そんなに昔から雨が止んでないんですか」
少し話を聞いてみたところ、どうやら海理はついこの間この村に越してきたらしい。この小さい村に越してくる人などゼロに等しいので、一瞬物珍しい目で見てしまった。
「はい。私が小さいときからもうずっと」
見上げても見上げても灰色の空。雫は晴れている空というものを実際に見たことがない。いつか見れたらいいなと思いながら何年も生きてきたが、その願いは未だに叶っていない。
「そんなことあるんですね。異常すぎるじゃないですか」
他所から越してきた海理が異常というのならば、やはりこの村以外は晴れの日や曇りの日というものがあるのだろう。雫は少し羨ましくなった。
「ところで、あなたは何ををしていたんですか?この雨のなか出歩いてるのあなたくらいでしたけど」
「雨の日ならではの楽しみを探していたんです。雨だからって気分が沈んでると楽しくないので、少しでも楽しもうと思って」
海理にそう説明すると、海理は感心したような素振りを見せた。
「雨を逆に楽しんでやろうなんて、よく考え付きましたね。俺なら諦めて引き篭ってますよ」
と言って笑った。海理の笑った顔は、太陽かのように明るかった。この雨の中に、太陽が出てきたかのような気分になった。
「それ、俺も一緒に探してもいいですか?」
「え」
意外な提案すぎて、雫は咄嗟に返事ができなかった。自分なら引き篭ってると言った海理が、まさか一緒に探してもいいかと聞いてくるとは思ってもいなかった。
「駄目、でしたかね」
「いえ、全然! 是非一緒に探してください」
そう言うと、海理は満面の笑みを浮かべた。その笑顔が眩しくて、思わずドキッとした。
「ありがとうございます。あ、まだ名乗っていませんでしたね」
雫の半歩先を歩いていた海理は、雫の方を向いて立ち止まった。それに合わせて、雫も立ち止まった。
「俺、藤野海理っていいます。高校二年生で、東高に編入する予定です」
「えっと、高原雫です。同じく高校二年生で、東高に通ってます」
「え、じゃあタメだし高校一緒じゃん。なら敬語なしで話そうよ。てっきり年上かと思ってた」
雫こそ同い年だということに驚いていた。自分よりも大人びて見えていた。
「そうだね。これからよろしくね」
そう言って微笑んだ。
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