78人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
つき合うくらいなんてことない、全然怖くない、と余裕でかまえる。優斗は可愛い彼女がほしかったのだが、この際恰好いい彼氏でもいいとしてやる。
「おう」
翌朝に陽明が家にきた。制服を着て通学バッグを持っているので学校にいくのだろうが、優斗の家に寄った意味がわからない。
「どうした?」
「『どうした』じゃねえよ。恋人なら一緒に登校するだろ」
そういうものか、と口に出すのも負けの気がして「しょうがねえな」と、あくまで「つき合ってやる」の体で一緒に登校した。朝から爽やかな顔をしやがって、と口に出そうになってそれも引っ込めた。今は恋人同士。幼馴染を見つめて愛でてみると、自慢げな表情をされた。
「俺に見惚れてんのか」
「自惚れ禁止」
背中を叩けばやり返してくる。優斗は手加減したのに、まったく恋人らしくないことに陽明は力いっぱいだった。
「そんな強く叩いてねえだろ」
文句を投げつけるが、どこ吹く風という様子で隣で笑っている。陽明が楽しそうなら、それでいいのだけれど。優斗は楽しいかと聞かれたら、「いつもと変わりがない」。特段恋人らしくないし、まだそういう意識も生まれない。隣にいるのは幼馴染の陽明だ。
彼女にふられたことを引きずったり、ショックを受けたりしているのではないかと心配だったが杞憂に終わった。毎回こんな感じだから、もしかしたら彼女のこともそれほど好きだったわけではないのかな、と優斗でさえ思ってしまう。それに対して優斗に対する幼馴染愛は深く感じるから、こりゃ嫉妬されるわ、と呟きともぼやきとも取れない言葉を零した。
「うるせえよ」
「なんだよ」
「優斗、考えてること口に出すぎ」
優斗自身気が抜けている証拠だ。陽明といて気を張るという状況がないから、思ったことはなんでも口に出る。今さらなにを聞かれても困らない関係だから、改善するつもりはない。
今井くんばかり、とふられていても陽明は経験豊富だ。優斗は彼女がいたことがないので、すべてにおいて未経験。
靴を履き替えていれば待っていてくれるし、それぞれの教室にいくために別れるときは頭をぽんと撫でられた。昨日までの「じゃあな」に「おう」の距離から恋人の距離に変わっていて少し悔しい。優斗だけ切り替えができていない。
教室で席につくと視線を感じた。見ると陽明をふった女子が優斗を見ていた。目が合うとあからさまにふいっと逸らされる。一緒に登校してきたことに腹を立てているのかもしれない。別れたのならもう終わりだろ、と思うのだが、それほど優斗に嫉妬していたのだとすると申し訳ない気持ちにもなった。
「優斗」
休み時間ごとに陽明は優斗の教室にきてなんでもない話をしていく。それは教科担当教諭の失敗談だったり小テストの結果だったり、本当になんでもない、すぐに話さなくてもいいようなことだ。
「わざわざくるの面倒だろ」
「わかってねえな」
気遣ったつもりだが、逆にため息をつかれた。
「恋人ってのは時間が少しでもあったら一緒にいたいものなんだよ」
そうなのか、と感心する。さすが経験豊富だ。
「――たぶん」
つけ足された言葉から、どうやら今までの彼女の行動をなぞっているようだ。別に優斗は、そこまでべったりしなくてもいいと思うが。
「昼は一緒にメシ食おうな」
「おう」
これはいつもどおりだ。
昼休みになって、陽明が教室に迎えにきた。今日はそこまで暑くないから、と屋上前の踊り場にふたりで座り込んだ。まだ夏にはならないが、気温の高い日はここもサウナのような高温になる。涼しいときだけの場所だ。
段差に座ってパンの袋を開ける陽明を見て、ふと疑問に思ったことを聞く。
「彼女と昼食べたことある?」
「ないな。気使って疲れるだろ。優斗といるのが気楽」
「それが『今井くんばっかり』の原因だよ!」
陽明の頭をはたくと、叩かれたにもかかわらず陽明はふっと余裕の笑みを見せた。腹が立つくらい恰好いい。
「だからその『今井くん』とつき合ってんだよ」
「……」
つき合っているというより、巻き込んでいるという言葉のほうが合っている気がする。今さら言っても仕方がないので、諦めて優斗もパンを食べる。楽なのはたしかにそうなのだけれど、彼女と幼馴染で、幼馴染をとるのはまずいだろう。だからふられたのか。
「毎回同じふられ方してるけど、どこまでいってたん?」
そういえば聞いたことがない。陽明もそういうことは話さないし。
陽明はまたも余裕を見せる。
「ひと通りしたけど?」
「それでもふられんのかよ」
「女子は心が狭いよな」
女子ではなく、陽明が悪いのははっきりしている。それだけ優斗を優先した結果だ。心が狭いというより、陽明の愛情の向きが不思議なのだ。幼馴染をそこまで一番に考えてどうする。
そう考えて、優斗が同じ立場だったら、やはり陽明といるのが楽で、陽明と一緒にいることばかり選びそうだ。幼馴染の気楽さは強大だ。
なんだか今日は陽明の顔ばかり見ていた気がする、と思いながらその当人と下校する。
陽明が優斗の教室にくると、クラスの女子たちがわっと声をあげて頬を赤く染めていた。どこのアイドルだろう。見慣れるとなんでもないぞ、と言いたくなるが、見慣れるほど陽明とつき合えた女子がいないのだからどうしようもない。
優斗の部屋で、陽明はラグに腹ばいになってスマートフォンをいじっている。優斗もまたベッドに横になって漫画を読みながら、ちらと陽明を盗み見る。悪いやつじゃないのにな、と少しかわいそうになった。
どのくらい自分たちで勝手にすごしていたかわからない。陽明とはしゃべらなくても苦ではないから、お互い無言で自分のやりたいことに集中していた。
漫画がいいところに進んだくらいで、陽明が起きあがる気配を感じた。それでも読み続けていたら、本を取りあげられた。
「読みたいの? ちょっと待てよ。もう読み終わるから」
陽明は取りあげた漫画本をベッドの脇に置いて、首を横に振る。
「これ、恋人らしくない。いつもどおりじゃねえか」
呆れているけれど、自分だって今までスマートフォンをいじるのに夢中になっていた。優斗ばかり責めるのは間違っている。
「恋人らしいことってなんだよ」
なにをしたら恋人らしいのか。手でも繋ぐか、とひらひらと手のひらを振ってみると、それを掴まれた。
「キスしてみるか」
「キス!?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。それはたしかに恋人らしいが、実際にやるとなると別だ。
「怖いか? できねえならやめとくけど」
陽明はふふんと口角をあげる。その余裕が悔しくて優斗も同じ表情をして見せる。
「そっちこそ、言いながらびびってんじゃねえの?」
どちらも引かず、ふたりで威嚇し合う。挑発されるとやる気になるのは同じだ。さすが幼馴染、と無意味に感心した。
「誰がびびってるって? してやるよ」
「しょうがないから、つき合ってやろうじゃねえか」
整った顔がゆっくり近づいてきて、唇が触れる寸前で動きが止まった。やはり怖気づいたか、と瞼をあげたら唇が押し当てられた。吐息が重なるような、触れるだけの優しいキスだった。
唇が離れて、思ったよりなんでもないな、と拍子抜けすると、そんな優斗を見た陽明が笑った。
「次は舌入れてやるよ」
「望むところだ」
負けず嫌いは余計なことを口にしてしまう。困ったものだ。
最初のコメントを投稿しよう!