幼馴染が恋人

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 翌日も同じように休み時間ごとに会いにくる陽明の相手をしていたら、女子から嫉妬の視線を向けられて困った。そもそも陽明がふられたからこうなっているのに、とむかむかした。 「おい」 「え……わ」  眉間を指でぐりぐりと押されて、陽明を見あげる。 「なんだよ」 「しわ寄ってる」  なおもぐりぐりと押してくるので、その手を払った。そんなやりとりさえ、羨望の眼差しで見られるとはどういうことだ。羨ましいなら代わりをやってみろ。 「単に陽明に女子を見る目がないのかも」 「なくねえよ。失礼なやつだな」 「聞こえてたか」  聞こえるように言ったんだけど、と顔を背ける。なぜ優斗をそこまで優先するのだろうと考えてみても、答えはわからない。だが優斗にもその感覚がわかる。幼馴染の繋がりは、友だちでも家族でもない、唯一無二の特別なものだ。幼い頃からお互いを知っていて、信頼している。そんな相手を大事にするのは間違ったことではない、と思いたい。  学校が終わったら、また優斗の部屋でふたりで好き勝手にすごす。他の友人ではできないことだ。 「優斗」 「うん?」  振り向くと、不意打ちのキスを食らった。眉を寄せると、また眉間を指で押された。 「油断したほうが負けだな」 「油断なんてしてねえよ」  昼間と同じように手を振り払う。無駄にキスの経験が増えた。  陽明とキスをしても気持ち悪いなどはなかった。それは信頼からくるものだろう。陽明は自分に絶対害を加えないとわかる。陽明も同じはずだ。その信頼感からか、意外となんでもできる。  今日も陽明が迎えにきた。あれから毎日キスをしている。一週間以上経って、「恋人」にもそろそろ飽きるかと思いきや、一向にやめる様子がない。 「あ……」 「なに?」 「……なんでもない」  陽明がさりげなく車道側を歩いてくれていることに気がつき、けっこういい彼氏だよな、と今さら思った。きっとこういうことは歴代彼女たちにもしてあげたのだろうが、それでもだめだった。恋愛は難しい。 「可愛い彼女ほしいな」 「おい」  なんとはなしに呟いたら頭をはたかれた。 「恰好いい彼氏がいるだろうが」 「そうだった」  呆れた目で見られるが、本気でそう思ったのだから、それくらい許してほしい。陽明のそばにいて勉強になったことをつき合う彼女にしてあげたら、優斗だっていい彼氏になれるはずだ。  優斗の部屋でまたキスをした。これで何回目になるのだろう。  お互い負けん気の強さでしているキスであって、別に恋愛感情があるわけではない。売られた喧嘩は買わないわけにはいかない。本当の喧嘩だったら、優斗は土下座してでも逃げ出すけれど。  ふとキスの最中にうっすら目を開けてみた。至近距離にある長い睫毛を見て、不思議な気持ちになる。 「ん……っ!?」  ぼんやりしていたら生温かいものが口内に滑り込んできた。舌だ。粘膜を舐められ、舌を絡め取られる。こんなに深いキスをされたのははじめてで、気持ちよくてふわふわしてくる。これはさすがに降参、と陽明から逃れようとするが押さえ込まれた。くらくらするほどのキスに、陽明のシャツをぎゅっと握ると、大きい身体が少し強張った。  ようやく解放されたときには、優斗は力が抜けて座り込みそうな状態だった。悔しさのまま、陽明の胸をこぶしで軽く叩く。 「なにしてんだよ」  陽明はまったく悪びれずに笑う。 「優斗だって可愛い反応してきたじゃん」  可愛いの意味がわからず、「可愛いってなんだよ」ともう一度広い胸を叩く。がっしりしていて、少し押したくらいではびくともしなさそうだ。こんなにしっかりした身体だっただろうか。 「ふうん」  陽明の胸に置いた手を掴まれ、ベッドに押し倒された。やはり余裕のある瞳で優斗を見おろす。 「俺、優斗なら男でも抱ける」  笑って言うが、優斗は混乱した。慌てて陽明の下から逃げて部屋のすみにいく。脚が震えて心臓が妙にうるさい。それは恐怖や嫌悪感ではなかった。 「恋愛感情で言ってるのか?」  おずおずと聞くと、陽明は首を横に振った。 「優斗相手ならなんでもできるってだけ」 「そう、だろうな」  優斗だって陽明相手ならきっと抱かれても大丈夫だとわかる。自分の中にある感情が陽明と合致しているのを感じ取り、少しがっかりした自分に驚いた。恋愛感情がなくても抱いたり抱かれたりというのは、陽明とならばかまわない。だがそれは違う。  陽明がゆっくり近づいてきて、優斗の頬に触れた。壊れものにでも触るかのような手つきだった。 「優斗相手なら、なんでも――」  なんとも表現しがたい微妙な表情をした陽明が、優斗を見つめる。  なぜか空気が重くなり、陽明は取ってつけたように「用事を思い出した」と呟いて帰っていった。  陽明の去った部屋で、優斗はようやく呼吸ができた。
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