幼馴染が恋人

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 恋人とはこういうものだ、とどちらからもキスを仕かける。特に負けたくない優斗は、自分からキスをすることが多くなっていった。 「本当に負けず嫌いだな」  今日も陽明のうなじに手をまわして顔を近づけると笑われた。 「悪いか」  呟きながら唇を重ねる。  あれから舌を入れられることはないが、いつそれをされるかと思うと内心ではどきどきしている。深いキスは驚いたけれど、とても気持ちよかった。  顔を少し離して至近距離で見つめ合う。目を逸らしたほうが負けのように感じて、優斗は顔を背けられない。  陽明の唇がゆっくり半円を描く。 「そんなに負けたくねえなら、どこまでできるか試してみるか?」  またベッドに押し倒され、妙に熱い視線が絡みつく。身動きができない優斗を陽明が見おろした。  首に唇を押し当てられ、背筋がぞくりと波立った。嫌悪ではないことは優斗が自分で一番よくわかっている。  それでも陽明の胸を手で押し戻した。 「恋愛感情がないのに、これ以上はできない」  結果としては拒絶になるのだけれど、そうしなくてはいけないと思った。 「そうだよな」  見ていてせつなくなるような表情を不思議に感じ、同時に妙な違和感が自身の胸にあることを優斗は感じ取った。なにかを堪えるような、どこか心細そうな瞳は、向けられる優斗のほうが苦しくなる。 「そういう顔すんなよ」  陽明の髪を両手でくしゃくしゃにかきまわすと、「やめろ」と言いながら笑ってくれた。いつもの陽明だ。笑顔の似合う陽明。  ふたりで笑ううちに胸の違和感も薄れていったが、その名残は心に澱みを生んだ。  幼馴染であって恋人。  それだけ聞くとどこか甘酸っぱい響きに聞こえるが、陽明と優斗は最初からお互いに恋愛感情があってはじまった関係ではない。優斗自身、陽明に恋愛感情があるかと聞かれたら、やはり悩む。それでも以前持っていた感情からは形を変えている気がする。  幼馴染以上は、どこからなのだろう。  昼休みにいつものようにふたりでパンを食べていると、ひとりの女子が近づいてきた。 「尾野くん、ちょっといいかな」  陽明を連れてどこかにいったので、また告白かな、と優斗はパンを食べながら待った。  違和感が蘇る。胸がつかえるような、心が絞られるような、変な感じだ。  ようやく戻ってきたと思ったら、陽明は険しい表情で唇を引き結んでいる。 「どうした?」 「……」  陽明がこんな顔をするのは珍しい。心配もあって声をかけたが、答えはなかった。 「なにかあったか?」  重ねて聞くと、きつく結ばれていた唇がゆっくり開かれた。 「『今井くん以上になるからつき合って』って言われた」 「へえ」  自信のある子もいるものだな、とふんふんと聞いていると、徐々に陽明の顔が険しく歪んでいく。剣呑な雰囲気に、優斗でさえ怖いと思った。 「俺にとって優斗以上は絶対現れない」 「は?」  優斗が驚き、それ以上に陽明は自分の口にした言葉に驚いているようだった。 「あの子はどうした?」 「泣いてどっかいった」 「そっか」  かわいそうと言っていいのか。陽明は憤然とした様子で言葉を続けた。 「優斗は馬鹿だし、強がりで負けず嫌いだけどめちゃくちゃいいやつだ」 「あ、ああ」 「それなのに優斗以上になるって、なれるわけないだろ」  驚きから一転、陽明は怒りに感情が流れている。もうあの女子のことも思い出したくない、と食べかけのパンに勢いよくかぶりつく。その話し方に、優斗のほうが呆気に取られてしまった。 「まるで俺が好きみたいだな?」  からかってみると、陽明の動きが止まった。 「……好き……」  確認するように呟いてパンを食べる横顔を、優斗は不思議に思いながら見つめた。
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