幼馴染が恋人

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「は?」 「だから、別れたいんだけど」  ずっとそばにいて、距離が近いままだと気持ちが見えない。いっとき距離を置いてしっかり自分と向き合いたい。 「……それが答えか?」  陽明は優斗の言葉を遮った。 「え?」 「ふるなら、もっとはっきりふれよ」  ふる、の言葉になにか勘違いされていることに気がつく。優斗も言葉が足りなかった。ふるなんて、そんなつもりはない。 「なんでそうなるんだよ。俺はただ、自分の気持ちが――」 「わかってるよ。もともと優斗は俺に恋愛感情がなかった。それを強引につき合わせて悪かったな」  吐き捨てるような言葉に、かちんときた。つい語気を荒げてしまう。 「だからなんでそうなるんだ! 俺がいつ、つき合ってやったっていうんだ。人の気持ちを勝手に決めるな!」  ふつふつと怒りが沸騰する。まずい、だめだ、と思うのにとげとげした言葉は止まらない。ただ、言い負かされたくない気持ちばかりが先走る。 「じゃあ、どういうつもりなんだよ。幼馴染の恋人ごっこだったんだろ」  陽明も陽明で自棄にでもなっているのかというくらいに攻撃的になっている。どちらかが止まらないといけないとわかるのに、優斗も言われっぱなしでいられず言い返した。 「おまえ、人の話聞けよ。俺はそういうんじゃ――」 「じゃあなに? 憐れんでくれようっていうの?」 「だからさ!」  口論になり、言葉の投げ合いが止まらない。それは、どちらが傷ついても終わらない乱暴なキャッチボールだった。わかっているのに、優斗も冷静になれなかった。  どちらも譲らず、勘違いされている誤解をときたくても陽明は聞ける精神状態ではない。後日あらためて話せばいいのに、優斗もそんなのんびりしたことができる状態ではなかった。徐々にどうでもよくなってくる。 「ああ、そうだよ。もうつき合い切れねえ」  陽明を部屋から追い出し、ドアを閉めた。  そのまま距離ができ、優斗も腹が立っていて陽明のことを考えたくなかった。優斗は登下校だけでなく、昼休みもそれ以外もひとりでいた。 「どした?」  教室でひとりですごしていると、もともとよく一緒にいた友人が声をかけてくれた。 「別に」 「ご機嫌ななめじゃん。彼氏はどうした?」 「彼氏じゃねえし」  友人に対してこんな言い方をすることもないのだが、どうしてもいら立ちがおさまらない。そのことがつい口調をきつくさせた。 「尾野となんかあったの?」  軽い調子で聞きながらも真剣な表情を向けてくれる友人に、心配をかけているのだとわかった。急に自分のいら立ちが幼稚に思えて頭をさげる。 「ごめん」 「いいよ。なんかあったなら話聞くけど?」 「うん……」  隠しているのも申し訳なくて、あったことを正直に話した。  思い返しながら話していると、あのときは明らかにどちらも頭に血がのぼっていたのがわかる。 「それさ、どっちかが歩み寄らないと拗れたままだよ」 「そうだよな……」 「たまには素直になれ?」  相談しているうちに自然と心の中が整理できた。第三者に聞いてもらって、自分の言ったことも冷静に考えられた。どう考えても陽明にひどいことを言った。 「今日、帰りに謝りにいってくる」 「そうしな」 「ありがと」  でさ、と友人はひとつわざとらしい咳払いをした。 「つまり優斗は尾野が好きってことなんだ?」 「え?」 「そうとしかとれないんだけど」  陽明が好き――口の奥で呟くと、不思議なくらい心にしっくりきた。パズルが完成したような気持ちで頷く。 「そう。俺は陽明が好き」  素直に答えられた自分に驚くが、それが結論だとわかる。  違和感を覚えたときを思い出す。押し倒してきた陽明を拒んだことを後悔した自分は、たしかに陽明の気持ちを秘めていた。  学校帰りに陽明の家にいくが、目当ての男はまだ帰っていなかった。最近は時間をずらして登下校をしているので、陽明の母親にすすめられるまま陽明の部屋で待つことにした。  勝手知ったるなんとやら。ベッドに腰かけて、なんとはなしにシーツを撫でる。  ――恋愛感情がないのに、これ以上はできない。  そう答えたのは優斗だ。だが、いつの間にか陽明の笑顔に心が弾むようになり、もっと一緒にいたいと切望してしまうほどに惹かれていた。幼馴染という関係で気持ちがクリアに見えなかったけれど、優斗はたしかに陽明を求めている。  帰宅した陽明は自室にいる優斗を見るなりドアを閉めた。優斗がゆっくりドアを開けると、拗ねたような顔をしている。 「……今、優斗の家寄ってきたのに」  考えることは同じようで、思わず笑った。陽明も口もとを綻ばせ、ふたりで笑えることがなにより嬉しかった。 「ちゃんと話、しよう?」  陽明の手を握ると、頷いてくれた。気持ちをすり合わせるようにひとつひとつ丁寧に言葉を紡いだ。 「俺が別れたいって言ったのは、自分の気持ちを考えたかったからだ」 「どういうこと?」 「俺は陽明をどう思っているのか、少し距離を置いてきちんと考えて、答えを出したかった」  素直になるのは案外簡単だった。思ったままを伝えたいと願ったら、言葉はするすると出てきた。 「そう、なのか……。俺、てっきりふられたんだと」 「ちゃんと説明しなくてごめん」 「いや。俺こそ誤解してごめん。優斗の気持ちが見えなくて焦ってた」  力が抜けたような表情をした陽明が、少し瞳を潤ませた。それが綺麗で、ついじっと見てしまった。 「俺も冷静になればよかったのに、陽明にいろいろ言われてかっとなっちゃって」 「優斗は悪くない。俺のせいだ。ごめん」 「俺だって悪いよ。ごめん」  ふたりで謝り、顔を見て笑った。陽明の笑顔に心が柔らかくなっていく。この感覚は、たぶん他の誰からも得られない。陽明だけが特別だ。 「陽明が好きだよ。俺、意地っ張りだし負けず嫌いですぐ言い返すし、見た目こんな地味だけど、俺のこと嫌いになってなければつき合ってください」  陽明が両手を伸ばして優斗を抱きしめた。この男の体温は、こんなにも心地よかっただろうか。優斗も陽明の背に腕をまわして目を閉じる。 「断るわけない。俺も優斗とつき合いたい。優斗以上に好きになれる相手なんて絶対現れない」  抱擁をとき、身体を少し離す。ゆっくりと顔が近づいて、「恋人のキス」をした。妙に恥ずかしくて、唇が離れると同時に陽明の肩に顔をうずめると、陽明も同じ動作をした。 「なあ、キスってこんなに恥ずかしかったっけ」 「俺もすげえ照れる」 「でも嬉しい。優斗とちゃんとキスできた」 「俺も嬉しい」  頬を赤く染める陽明を見つめると、また唇が重なった。火照る頬の熱は、これが現実だと教えてくれた。
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