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幼馴染が恋人
「なんでだよ」
幼馴染の尾野陽明が彼女にふられてぶつぶつ言っている。
隣を歩く平凡な今井優斗と違って陽明はもてる。明るすぎない髪に同じ色の瞳、はっきりした顔立ちで、切れ長の目はずっとそばにいて見慣れている優斗でも、まっすぐ見つめられるとどきりとするときがある。それに対して優斗は黒髪に黒い瞳、目立たないというかぱっとしない顔をしていて、幼馴染でも正反対だ。
学校からの帰り、ふたりで話をしていて陽明はため息をついた。もしかして、と理由を聞くと「今井くんと私、どっちが大事なの?」のいつもの科白を言われたそうだ。
「比べるものじゃねえし」
納得いかない、とぼやく陽明だが、無意識で優斗を一番に考えるところがある。そろそろ幼馴染離れをするべきかもしれない。陽明は横でなにか考え込んでいる。
優斗の家につくと、当然のように陽明も一緒に優斗の部屋に入る。
駅からは優斗の自宅のほうが近く、陽明の家は優斗の家から徒歩二分――陽明が歩くと一分の距離にある。脚の長さの違いがわかって悔しい。
「なんでだよな。優斗は別だろ」
ラグに座り、天井を仰ぎながらまだぼやいている。ため息は重たい。
「終わったものは忘れろよ」
優斗はベッドの端に腰かけ、うりうりと陽明の背中を蹴る。鬱陶しそうに優斗を睨んだ陽明は、やり返すように優斗のふくらはぎを掴んで揺すった。
「『終わった』って、おまえのせいで終わったんだぞ」
「なんで俺のせいなんだよ」
もてるやつは大変だ。外見がよければいいことばかりかと思うのだが、陽明を見ているとそうでもなさそうだ。逆に平凡な優斗より大変そうなときのほうが多い。
「俺なんて彼女自体いたことないぞ」
優斗もぼやくと、陽明は顔をあげた。なにか妙なことを思いついたときの顔だ。
「じゃあ、つき合ってみる?」
「は?」
「優斗ばっかりってふられるなら、いっそ優斗とつき合えばいいと思うんだ」
「はあ?」
ふられておかしくなったのか、とんでもないことを言い出した。顔だけこちらに向けているその背をもう一度蹴る。
「そんなことできねえよ。男同士だろうが」
呆れる優斗に、陽明は余裕の笑みを見せる。故意に腹が立つ表情をするくせはやめたほうがいい。
「男同士。それが? 俺は優斗が大事だし、きっとうまくいく」
もう決定したようにひとりで頷いている陽明に、優斗は慌てて立ちあがる。
「俺の気持ちは!?」
やはり同じ理由でふられすぎておかしくなったのだ。それか自棄。優斗を見ながら陽明は口角をあげる。
「怖いのか? 怖いなら仕方ねえな。引いてやるよ」
なにが「引いてやる」だ。偉そうに。
「怖くねえよ。全然余裕」
言ってから後悔した。後者――陽明は自棄になっている。妙に落ちつきはらった表情からそれがわかった。こういうときほど、この男は感情を見せない。それが優斗の癇に障ることもわかっていて、こんなふうに余裕のあるふりをする。
「余裕ならつき合っても問題ないな。今から優斗は俺の恋人だ」
まじか、と思わず呟きたくなったが、それを言ったら負けの気がしてただ頷いた。
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