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事故はあっという間に起こった。 今、夏の目の前で起こっていることは、まるで映画のワンシーンのようだった。 車がひっくり返って、壁にぶつかって、またひっくり返って。 バン、バン。鼓膜が破れるような大きな音とともに車は揺れた。 それらすべてが夏の視界にスローモーションのように過ぎ去った。 そんな中、夏は腕を伸ばしてハンビョルをかばった。 痛い痛みを感じたが、それが何なのか考える暇もなかった。 ゆっくりとまばたきをしていた夏は、この状況が理解できなかった。 その時だった。 無意識のうちに首をかしげた夏の視界に血を流しているハンビョルが見えた。 その瞬間、夏は出てこない声を絞り出して「ハンビョル」を歌った。 「ハン…ハン…ビョルアアア…」 ハン、ハンビョル!!」 どこをどれだけ怪我したかは分からないが、夏の右腕から血がたくさん流れた。 痛いことも知らずに夏はその腕で一つ星を振った。 「ハン、ハンビョル! ハンビョル!目を開けて! ハンビョル!ハンビョル!兄さん!兄さん!ハンビョルが! ハンビョル……」 夏が差し迫ってマネージャーを探したが、運転席には爆発したエアバッグだけがぽつんとあった。 慌てた夏の視界にしわくちゃになった車のエンジン側から煙が少しずつ漏れているのが見えた。 「ハンビョル!ハンビョル! 目を開けて! ハンビョル!」 夏はこのままだと二人とも死ぬかもしれないという気がした。 助けでも求めようと急いで周りを見回したが、一寸先も見えないほど降り注ぐ雨の中で、人々はあれほど飛ばされたマネージャーのことを気にするため、ここは見向きもしなかった。 わずか数秒の間に立ち上った煙は、周囲をいっぱいに取り囲んだ。 切羽詰った夏は速く動いた。 やっと自分のシートベルトを外してハンビョルのシートベルトも外したが、それでもハンビョルは微動だにしなかった。 「ハンビョル!」 ヘアショップに行ってきたと自慢していた髪もアイドルのように化粧した顔も血まみれのままだった。 血の海が一面に広がるここで、力なく垂れ下がったハンビョルを抱きしめて夏は泣き叫んだ。 「ハンビョル、目を開けてみて! ふふぅ…..ハン、ハンビョル! 目を開けてみて! お願い!目を開けて!」 その間、息ができないほど鋭い煙が立ち上った。 すぐに火事でも起こりそうな状況で、夏が急いでドアを開けようとしたが、歪んだドアは開かなかった。 夏はすべての力を集めて割れた窓越しに人々に向かって泣いた。 「ここの人! 人がいます! 助けてください···. 助けて…···.助けてください! 人がいます! 助けてください! どうか助けてください!」 その時になってようやく人々が駆けつけてきた。 数人の男が駆けつけて裏口を開けようとしたが、簡単には開かなかった。 今にも火事が出そうだったので、焦った夏は割れた車窓でハンビョルの頭を突き出しながら話した。 「捕まえてください! 早く!」 この方法しかなかった。 みんなそう思ったのか、力なく垂れ下がったハンビョルを注意深く捕まえて外に出した。 降り注ぐ雨がハンビョルにそっくり落ちた。 あいつが通り過ぎるたびに床が血で染まっていくのが見えた。 ハンビョルが遠く安全なところに移動し、やがて夏の番が来た。 ある中年男性が急いで差し出した手を握ったその瞬間、夏はそのまま気を失った。 * 夏が目を覚ました時、顔に呼吸器が巻かれていた。 夏はかろうじて息をし、焦点のない目で周りを見回した。 ここが病院だということを徐々に認識していた夏の頭の中に一番先に浮かんだ人は母親ではなくハンビョルだった。 夏の目から涙が流れ落ちると、母親は夏の手をぎゅっと握って、「ありがとう」とつぶやいた。 しばらく帰ってきた儀式の中で、ヨルムはハンビョルの安否を心配しながら再び眠りについた。 次に目が覚めた時は呼吸器はなかった。 静かな1人室の病室で目を覚ましたヨルムは、泣いている母親に「今日は何日ですか」と聞いた。 事故が起きて2日も経ったという話にヨルムは母親を静かに眺めた。 これまで一度も見たことのない憔悴した母親の姿だった。 化粧気がなく、髪だけぎゅっと結んだその姿から、この2日間、母親がどんな気持ちだったのかが分かった。 「……どうして泣くの?」 たくさんかすれた声で母親を慰めるために腕に力を入れた夏は、瞬間目が大きくなった。 腕が言うことを聞かなかった。 その姿に母は涙をぬぐいながら夏の腕をなでおろした。 「肩から腕まで100針以上縫った。 あなた たくさん怪我したよ」 「……もう動けないの?」 努めて大丈夫なふりをしたが、夏は心臓がどきっとした。 幸い、それほど不幸ではなかったようだ。 「なんでそんなことを言うんだ! お父さんが医者だけ何人付けたと思う? あなた 一日中手術室にいた! お母さんがどれだけ祈ったか知ってる? 一歩で腕が使えないところだった! 幸い手術はうまくいったけど傷跡が..心配しないで、ヨルム。 お父さんが…···. お父さんが外国に連れて行って直してあげるって約束したよ! 傷跡とかも外国はまんまと消してくれるんだって? しんぱいしないで. ヨルム、パパがママに必ず約束したんだから。 お金がいくらかかってもやってくれると言った。」 涙ぐんだ母親は何度も心配するなと夏を慰めた。 まるで自分への言葉のように聞こえた。 「お父さんは?」 「お母さんと一晩中ここにいて、会社に行かれたの。 なんで?お父さんに会いたいの?” 普段なかなか目にできない父親だった。 それでも親だと心配はしたようだ。 彼に対するちょっとした反発心を持っていた夏は苦笑いした。 薬気のせいかも知れないが、しきりに眠気が押し寄せてきた。 目を覚ましてから5分も経たないうちにまぶたが重くなった。 ユ·ハンビョルがどうなったのか聞きたいが、思うように口が開かなかった。 だんだん気を失っていく夏に、母親は事故の経緯について説明を並べた。 11トンの大型トラックがスピードを出して追い越す途中、夏が乗った車をわずかにぶつけたというのだ。 大雨の中、乗用車はふらふらしていたが、雨の中でスリップし、三重追突事故が起きたという。 2日間ずっとニュースに出るほど大きな事件だったと。 ペク·ソヒの息子ユ·ハンビョルの事故のニュースだから、なおさらそうだった。 幸い、マネージャーは生きているが、手足がすべて折れた状態だという。 そして……. そこまで聞いていた夏はまた深い眠りに落ちた。 もっと聞きたかったが、無理だった。 夏がまともになったのは一日後だった。 ぼんやりと天井を眺めていたヨルムは、なぜ母親がハンビョルに対する言葉を特に出さないのか疑問になった。 ヨルムがハンビョルと親しく過ごすことをよく知っている母親だった。 一瞬不吉な予感がした。 「……お母さん。」 「うん?なんで、夏よ、何か必要なものある? 退屈でしょ? お父さんに携帯電話を一つ買ってこようか?」 再び以前の姿を取り戻した母親に、ヨルムは慎重にその名前を取り出した。 「ハンビョルは?」 「うん?」 「ハンビョル…」ハンビョルは?大丈夫?」 「ねえ、夏よ」 「けがはたくさんした? どれくらい怪我したの? まさか···. まさか死んだのは」 そこまで思い付くと、夏の息づかいが荒くなった。 そんな夏の様子に母は慌てて首を横に振った。 「違うよ!」いや、それは…···. 違うよ」 ためらって言葉をためらう母親に夏が迫ると、結局ハンビョルの行方を聞くことができた。 すぐに席を蹴って起きた夏は、マリは母親の手を冷たく振り切って病室を出た。 数日ぶりに地に足を踏み入れるとめまいがするが、夏は止まらなかった。 青白い顔で点滴台に頼って到着した病室のドアの前。 しばらく息を整えていた夏の耳にユ·ハンビョルの声が聞こえた。 確かにハンビョルの声だった。 頭を強く打って後頭部が裂けて肋骨3つがひびが入ったこと以外は大丈夫だと聞いた。 むしろ夏がもっと危険だったという母親の言葉に夏は安堵した。 夏は震える手でゆっくりと病室のドアを開けた。 隙間から聞こえるハンビョルの声が思ったより明るく、夏の口元にも笑みが広がった。 「ハンビョル」 夏と同じく一人部屋にいたハンビョルは一人ではなかった。 彼の母親ペク·ソヒは夏を見るやいなや笑みが消えた。 彼女を無視した夏はゆっくりとハンビョルに近づいた。 気持ちとしては走りたかったが、体が言うことを聞かなかった。 半分ぐらい行ったのかな。 ハンビョルがぎこちなく笑ってペク·ソヒにとても小さな声でささやいた。 「お母さん、あの子?」 「うん…···…. あいつ、お前を···. 助けてくれた子」 「本当に一緒に車に乗っていたの? そんなに親しかったの? ところで私はどうして一つも思い出せないの?」 ハンビョルの問いに彼女は答えられないまま、ただ夏をじっと見つめるだけだった。 静かな病室の中に2人が小さくささやく音は特に大きく聞こえた。 足を止めた夏は、ぼんやりと一つ星を見た。 彼がささやいた言葉がどういう意味なのかまだ理解できなかったからだ。 「……ハンビョル。」 「こいつ」 明らかにハンビョルは困った様子で夏の視線を避けた。 息が詰まるような夏が一歩近づこうとした時、席から立ち上がった彼の母親が二人の間を遮った。 「ちょっと、私と話をしようか」 彼女は夏の背中を自然に病室の外に押し出した。 追い出されるように病室を出ることになった夏はどういうことかと聞く前に、ドアの外で夏の母親が待っていた。 「この子とちょっと話がしたいんだけど…···. 大丈夫でしょうか?」 周辺の視線を意識したペク·ソヒは夏の母親に丁重に了解を求めたが、視線はこの上なく冷たかった。 会ってみたところで、気まずい関係だった。 心配だらけの母親の視線に、夏は小さくうなずいた。 二人は近くの椅子に座ってしばらく沈黙した。 VIP病棟だからか、看護師以外は行き来する人も少なかった。 こうしていたら、前にカフェで彼女に会っていた時が思い浮かんだ。 もちろん状況は違うが。 夏はハンビョルがなぜああなのか理由を教えてくれるまで辛抱強く待つことができなかった。 ハンビョルが無事であることは幸いだが、彼の行動が夏を当惑させた。 「あの…」 「うちの息子をお前がかばったようだが。 合ってる?」 神経質な質問でもかんしゃくでもなかった。 ただ、事実確認のための淡々とした声に、ヨルムは小さくうなずいた。 何気なくした行動だった。 おかげで腕をたくさん怪我したが、後悔はしなかった。 ハンビョルは夏にそれだけの価値がある人だったから。 「そうだね…」 「ハンビョルは....」 「君のおかげで、幸いにも頭だけ少し裂けて、肋骨がいくつかひびが入ったこと以外は大丈夫だって。 でも問題は記憶喪失症だよ。 脳にも別に異常がないというのに···. この1年間の記憶が消えた。 医者の話では、解離性記憶喪失症だそうだ」 「記憶…···. 喪失症?」 夏はぼんやりと彼女の言葉を口ずさんだ。 ----------------------------------------------------------------------- 文章が滑らかではなくて申し訳ありません。
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