5. AM 6:00.夏の始まりを告げる雨脚。

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5. AM 6:00.夏の始まりを告げる雨脚。

明け方、そっと開けておいた窓の隙間から涼しく降り注ぐ雨の音に夏は目を覚ました。 時差に適応できなかった体が、水を飲んだ綿のように重かった。 伸びをしながらベッドから起きた夏は、半開きの雪で雨に濡れた庭をぼんやりと眺めた。 ここは何年経っても変わっていない。 使っていた机もベッドも同じだが、夏だけが変わったようだった。 こんな考えをすれば年を取ったという証拠だと言うが。 くすくすと笑った夏は、昨日読んでいて隠しておいた本をつかんだ。 そんなに重い本でもないのに、本は手から床に力なく落ちた。 おっと、またトラブルだ。 夏はむしむしする腕をなでながら苦笑いした。 かなり時間が経ったが、たまに腕に力が入らなかった。 雨の日には特にひどくなる傾向があった。 トントン。 そんな中、誰かがドアをノックした。 朝6時を少し過ぎた時間。 この時間に訪れる人は一人しかいなかった。 朝寝坊のママでもないだろうし、忙しいパパでもないだろう。 夏はためらうことなく、散らばった荷物を通り抜けてドアを開けた。 「兄さん、早起きだね?」 「早く出かけなければならないんだ。 あなたは?もう起きたの?」 「まだ時差ぼけで」 「そうだと思った。 コーヒーでも一杯飲もう」 兄の両手にはすでに湯気の立つマグカップが握られていた。 彼が入ることができるようにドアを大きく反らした夏は、自然に窓際に向かう兄の後を追った。 兄はマグカップ一つを夏の左手に握らせながら部屋を見回した。 やはり長いため息が出た。 「相変わらずあなたは。 もしかしてニューヨークでもこうだったんじゃないよね?」 「心配しないで。それなりにきれいに暮らしていたから」 大きく開いたスーツケース2個の中には、まだ取り出すこともできなかった服がいっぱいの状態だった。 その上、あらかじめ荷物を預けたせいで部屋の片方に大きなボックスが夏の背丈ほど積もっていた。 1日で整理を終えるには手に余るほど莫大な量の荷物だった。 どうせ急ぐ必要はないので、のんびりしたかった。 ついでに部屋のインテリアまで変えてみようかと思った。 「もう本当に完全に入ることにしたの?」 「そうしないと。お母さんも私に会いたいと言って。 正直、兄さんにも会いたいし。 お父さんにも会いたいし···.」 「おじいちゃんじゃないみたいだね。 おじいさんが聞いたら寂しいだろうね。 それでもあなたに来たからって、 意外と喜んでいらっしゃったんですが。” 「じゃあ、おじいちゃんにも会いたかったと言えばいいんだよ。 それが何が難しいのか」 素敵な庭が見下ろせる窓際に兄と向かい合って立ったヨルムは久しぶりに彼と軽く対話を交わした。 たまにニューヨークに出張に来た兄に会ったが、家で会ったのはかなり久しぶりだった。 夏が韓国を離れてからちょうど10年ぶりだった。 「元気だった?」 「あなたは」 「私はまあ…···…. 兄さんが見るにはどう? もっとよく見えるだろう?」 兄と出くわした視線に夏が軽く笑い出すと、兄も水っぽく笑った。 そうするうちにしばらく静寂が流れた。 降り注ぐ雨の音を聞きながら、夏は注意深く兄をのぞき込んだ。 まるで10年前のあの時を見ているようだった。 病院から退院した夏は心の扉を閉ざしてしまった。 思春期の少年にとって、愛の傷は手に負えないほどの大きな試練だった。 夏は登校も拒否したまま部屋の中に閉じこもって一日一日を過ごした。 学校に行けばユ·ハンビョルを見ることができるだろうが、平凡な友達として過ごす自信がなかった。 そんな夏を見て母は毎日涙をぬぐったが、そうすればするほど夏は一人だけの世界にもっと孤立していった。 その時、ヨルムに手を差し伸べた人が兄、ヨ·スンミンだった。 今のように早朝のドアをノックした彼は、許可もなしに部屋の中に入ってきて、ぼんやりと座っているヨルムに声をかけた。 不眠症で夜更かしが多かったヨルムは、突然の彼の登場に驚いたが、だからといって追い払うことはなかった。 この家に入ってきて以来、初めて二人きりだった。 気まずい空気が漂う中、いきなり雨が降った。 涼しい雨音とともに兄は言った。 「あなた、嫌いじゃない。 少し考えて適応する時間が必要だっただけだ。 私のせいで大変だったの?」 今になって兄弟の友愛を願うのではなかったが、兄の言葉は本気のようだった。 彼はヨルムに謝罪をしたのではなく、ヨルムを無視するしかなかった自分を理解してほしいというふうに話した。 急にどうしたんだろう。 理解できない行動にヨルムは返事の代わりに彼をぼんやりと見つめた。 もうすぐアメリカに留学するというが、行く前に心の荷物を払い落とそうとしているようだ。 突然、母親から聞いた兄の留学ニュースを思い出し、夏は小さくうなずいた。 早く彼が自分の空間から出てほしいという願いであり、深い意味はなかった。 彼は気まずい静寂の中で起き上がろうとしなかった。 むしろ彼は夏をじっと見た。 そうするうちに手を伸ばして右手を握ろうとし、一瞬ひるんだ夏は体を後ろに引いた。 事故後の小さな習慣だった。 「実はお前のお母さんと あなたをすごく憎んでたんだ。 でも考えてみたら、あなたまで憎む理由はないと思って。 大人たちのせいであって、君のせいではないから」 まるで夏が経験した苦痛をよく知っているかのように、兄は淡々と言葉を続けた。 夏は彼をじっと見つめた。 彼の突然の変化は理解できなかった。 「ここが嫌なら、私と一緒にアメリカに行く? お父さんが言ってたけど···. あなた 傷跡除去手術断ったんだって? 早くもらった方がいいよ。 それを持っていても、あなたにとって良い思い出ではないはずだから。 行って手術もして、新しいところでまた始めてみる?」 昨日まで一言も交わさなかった存在だった。 一番理解してくれなさそうだったその存在が手を差し伸べたその瞬間。 夏は思わず涙がぽろりとこぼれた。 兄の立場から見れば、夏は彼の人生に突然割り込んできた招かれざる客のような存在だった。 だからきっと自分を軽蔑して嫌がると思った。 それで、今まで怖がって言葉もかけられなかった夏は、濡れた目頭で兄を眺めた。 たかが一つ違いだが兄は兄だった。 世の中のすべての不幸がなぜ私にだけ来るのだろうか。 自分を覚えていないユ·ハンビョルを恨み、不倫などをした両親を恨んだ。 毎日そんな思いで自分を自虐していた。 一人だけの錯覚に陥って苦痛の中でもがいていた夏に、兄の言葉は改めて自分がどれほどバカだったかを悟らせた。 兄は涙ぐむ夏に向かって、 「何も心配するな」という言葉で慰めた」 夏はそんな兄の言葉に揺れた。 あらゆるメディアから殺到するユ·ハンビョルとイ·ハナの記事から脱出したかった。 これ以上ユ·ハンビョルを恨みたくなかった。 あいつがいないところで再び恋を始められるだろうか。 他の誰かに会えるだろうか。誰もいないところですべてをやり直してみたかった。 漠然とした期待を抱いて、ヨルムは兄が差し出した手を握った。 その日、兄が差し出した手が今の夏をここまで導いたのだ。 「なんで笑ってるの?」 10年前、ここであったことをしばらく思い出した夏が笑うと、兄が尋ねた。 ヨルムは兄の腕をポンとたたいて気持ちよく笑った。 「いいから。またここに来るといいから。 もう少し早く来ればよかったかも」 兄はそんな夏の髪を優しく撫でた。 「今からでも遅くないよ」 「いい家だね。 歓迎してくれる人もいるし」 「初めてだよ、そうだね、ちょっと待って。 小言が出始めたらまた逃げたいんだって。 何時だよ。 おっと、遅れた。 少し後に降りてきて。 おばさんがあなた好きな卵焼きをたくさんしていたよ。 これは私が持っていく」 飲み切れなかったコーヒーを持ち帰った兄は、そのまま部屋を出た。 夏は寂しくなった左手で右手をなで下ろした。 兄は夏の母をおばさんと呼んだ。 そこまでが彼が譲歩できる線だったはずだから、誰もそれについて文句を言わなかった。 彼が消えたドアをしばらく凝視していた夏は、再びベッドに横になった。 相変わらず降り注ぐ雨の音を聞きながら、兄と過ごしたニューヨーク生活をしばらく思い出した。 面白かった. 最初は人々の言葉を聞き取れなかったが、すべてが新しくて不思議だった。 一日がどのように過ぎていくのかも分からないほど良かった日々だった。 おかげでユハンビョルという名前は思ったより早く忘れることができた。 夏のアメリカでの生活は楽しかった。 不自然な英語で友達も作り、新しい縁も作っていった。 その後、しばらく韓国に戻って兵役身体検査を受け、事故に遭った腕のために社会服務要員として勤務したりもした。 その時はこの家の近くに近寄らないからといって、どんなに怒られたか分からない。 その後、またニューヨークに行って、また韓国に戻ってきた今。 その間、兄は父親の後を継いで会社を受け継ぐ準備をしていた。 おかげで母親が、他の兄弟が経営権をめぐって争うのではないかという人々の視線が殺到したりもした。 しかし、そのような展開は起きなかった。 そもそも夏は経営なんか関心もないのに、母もそこまでは何も望んでいなかった。 分別のなかった時代が過ぎた後に分かったが、母親がこの家に入ってきたのは本当に言葉通り父親がいたからだった。 孤児同然の母親とは違って、夏には父親と兄、そして祖父のいる家族を作ってあげたかったと。 母親の性格がそうだった。 夏の欲のない小心な性格は母親に似ているものだった。 ただショッピングが好きで、外見に対する執着が他の人よりひどいだけで、弱い少女のような母親だった。 母の望み通り、夏は家族を得た。 思ったより優しい兄と一緒にニューヨークで過ごす間、多くのことを学んで悟った。 少しだけ考えを変えても世の中が違うように見えるということをだ。 その中に愛に対するものもあった。 今になって振り返ってみると、ペク·ソヒ、彼女の言葉は正解だった。 世の中を生きていく上で、愛は大したことではなかった。 愛に対して傲慢だった高校生に彼女の言葉は届かなかったが、今は違った。 夏は時々有限星を思い出した。 他の男と何度かの恋も別れも経験したが、それでも今のように夏に入った季節。 雨が降る日にはなぜかその名前が頭の中にぐるぐる回った。 何故かその名は依然として夏の胸を重く押さえつけていた。 10年という時間が経ったのにそうだった。 おそらく胸の片隅に結び目がない未練が残っているからだろう。 それが何だって。 夏は苦笑いした。 その日の早朝から降った雨はしばらくやまなかった。 おかげで夏は雨にかこつけて、ぼんやりと自分の考えにふけった。
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