2人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
5話 悔しい
翌日、雨宮様の家に来た。
昨日の夕食、今日の朝食はサラダのみ。ひたすらドレッシングをかけて食べた。
パソコンで傾向を調べてみる。
また、ドレッシングは『その場アジメイ』によって味の分析を行った。
油の粘度や油が口の中で広がることによる味の感じ方は『魔法調味料アジメイ』で実現することは難しい。
思い切って甘くする、そのつもりだけど、陽菜乃の言葉を思い出してしまう。
味を全く別物に書き換えることだってできる、それは禁忌ではないか?
アジメイの技術を持ってすれば、食感に違和感があっても野菜を焼き肉の味にだってできる。最悪、野菜をミキサーにかけてジュースの味にでもしてしまえば野菜を食べることができるかもしれない。
美味しいを届ける、幸せを届ける。
そのために雨宮様は子供に苦手克服を望んでいる。
「少し甘いものを作ってきました。ご存知かもしれませんが、大人よりも子供の方が苦味には敏感ですので。それと酸味も避けたいとのことだったので、味だけですがクリーミーさを追求しました。油に溶かして使えばドレッシングのようになります」
「いいわね。味見してもいい?」
「はい。もちろん」
「あら、美味しい。これで食べてくれるといいわ。それで減らしていって克服できると」
「あの、雨宮様」
「はい」
「雨宮様は料理がお上手です。料理でお子様に野菜を食べさせることもできるのではないでしょうか?」
「そうかもしれないわ。でも、調整が難しい。その料理で食べたあとにどうやってその食材の味を強めていくか。苦手克服にはアジメイさんの技術を使うのがいいと思うわ」
「そういうことですね。私、頑張ります。野菜、食べてもらいましょう!」
またお子様が食べられなかった場合に備えて、今持ってきた調味料から甘味を足したもの引いたものを『その場アジメイ』で試してもらった。
もし駄目だった場合は甘味を足すのか。
胡麻ドレッシングは甘味以外にもクリーミーさがある。その感じで食べやすくなるなら、調味料だけでなく油とか他のものを混ぜて使うようにした方がいいのだろうか?
牛乳やチーズでクリーミーさを出して、特有の味は調味料で消してみるとか。
でもそこまですれば、陽菜乃のいう禁忌に触れてしまったのではないか。
「苦い、食べない」
「僕も」
幼稚園から帰ってきたお子様は、再び野菜を口にしなかった。
私はショックで涙が出そうだったが、お客様の前で堪えた。
雨宮様は温かい表情で私を見て、
「たぶんもう少しだろうから。難しい仕事を頼んでごめんね」
優しい声をかけてくる。
美味しいは難しい。
子供は母親の表情を窺っている。
お客様の気を遣わせている。
最悪な営業だ。
「うわああああん」
そのとき、お子様の泣く声が聞こえた。
フォークの先にレタスがある。
苦くて食べられなくて泣いてしまったのか。
よく見ると、もう一方の子供が椅子を揺らしていて、雨宮様が止めに入る。
喧嘩をしたらしい。
「どうしたの? あーちゃん?」
「うわあああん。だって、パパがあ。ちーが、駄目なのに。レタスを、」
一体どんな喧嘩かは分からない。
でも私の力を信じてお子様は嫌いな野菜に挑戦している。
私がもっとしっかりしなければ。
美味しいを届ける、それには責任がある。
いつまでも無理はさせられない。
「豆代さん、ごめんなさい。今日はこの辺で」
私は家から出た。
あまりの無力さに悔しくて、つい涙が溢れたのだ。
「ごめんなさい」
天を仰ぐ。
新米の私に何ができるのだろうか?
アジメイには立派な技術があるのに、私は活かせられないのだ。
最初のコメントを投稿しよう!