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6話 私が目指すもの
詩織主任は、今日は朝から来ていた。
いわゆる旦那が子供の送迎の日だ。
「マルマメ、どう?」
「難しいです。なかなか食べてもらえなくて」
「もしかしたら、信用されてないとか? その、子供に警戒されてるみたいな」
「だから私がいるところで、私が何か手を加えたら食べない。あり得るかもしれません」
「一つの可能性だけど挑戦してみる価値はあるかも」
「やってみます」
「それと、『香り』部門の同期は一日の案件だが雨宮様の家に会ってみたみたいで。オーダーメイドの香水と消臭剤を買ったそうで、そのときは家で飼ってるペットの臭いが漏れてて、近隣住民から少し陰口を言われたからと。あの辺りは家が集まってるだろ?」
「はい。でもペットは見たことありません」
「数年前だから今はいないのかもな。かわいがったら雨宮様に気に入ってもらえて、今は郵送で届けているが定期的に香水と消臭剤を買ってもらっている。いいお客様だ、人柄もいい。栄養を取ってもらいたい、苦手を克服してほしい。母としての願い、子育てしているとよく分かるものだ」
「はい。昨日上手くいかなくて落ち込んでいましたが、私、頑張ります!」
営業として無策ではいけない。
でも確かに子供たちは母親の顔をよく見ていたし、私は子供のことをほとんど見ていなかった。
警戒されて当然だ。
それに。
子供と仲良くなれば食べやすい方法を探れるかもしれない。
雨宮様の家に着く。
詩織主任から聞いた話を伝えてみた。
「そうね。人見知りはあまりしない方だけど、もしかしたらいない方が食べるのかも。豆代さん、前のやつ甘くしてくれたと思うけど、もっと苦味が分からないように甘くしてください。酸味は押さえてフルーツみたいな、バナナとか好きなので寄せることってできますか?」
「もちろんできます。明日には持ってきますね!」
もう一度『その場アジメイ』を使って雨宮様に確認してもらい、バナナのような甘味を目指して数値化したものを開発部に送った。
子供が帰ってくる。
「苦くない、けど美味しくない。まずい、もっと甘いの」
「僕も」
たった一枚であるがレタスを食べてくれた。
トマトも一切れだけは食べてくれた。
「もうすぐね」
まだ成功ではないけど、雨宮様の言葉を聞いて嬉しくなった。
もう少しで私は美味しいを届けることができる。
この苦労も報われるのだ。
家を出て。
「あれ、雨宮様についての資料を忘れてきちゃった。会社に戻ったら詩織主任に報告しなきゃなのに」
急いで雨宮様の家へ。
インターホンを鳴らすと、不機嫌そうな雨宮様が出てくる。
しかしすぐに笑顔に戻った。
「夫がお酒を遅くまで飲むとか言ってたから、怒ってやろうと思ってて。あの馬鹿まだ帰ってこないの。豆代さん、怖がらせてしまったわね」
「いえ。忘れ物した私が悪いので」
玄関で資料を受け取った。
雨宮様の後ろには二人の子供がいた。
……あれ?
フォークにはトマトが刺さっている。
口はレタスを咥えてむしゃむしゃとヤギが紙を食べるようにしていた。
野菜、食べてる?
やはり私の信用の問題だろうか。
「失礼しました」
帰り道、酔った千鳥足のサラリーマンを見つける。
私を見て一瞬止まると、私が進んできた道を歩いていく。
雨宮様だろうか。
分からないけど、缶ビール片手に進む姿は心配だが、絡まれるかもしれない。
私は振り返らず会社に戻った。
雨宮様の子供は現在、野菜を食べることはできる?
それでも苦味を感じないように甘くするべきだろうか?
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