あと一回

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 あと一回──。  もうそれしか残ってない、泣いても笑っても。  どき、どき、どき。  セーラー服の中の心臓が破裂しそうなほど激しく動く。  廊下の曲がりカドを曲がるタイミングは。  放課後に、誰もいない校舎の廊下で。  友達の友ちゃんと何回も練習した。  あのタイミングを忘れちゃダメ。  クラスメート達から集めた大量の宿題プリント。  女の子一人で運ぶのには大変な量のプリントを両手でしっかりと持って、廊下をふらふらと、曲がりカドに向かって歩く。  廊下の曲がりカドの向こうには憧れの彼が、こちらに向かって急いでるハズ。だって友ちゃんから、『先生が急な用事でキミを探してたよ』と告げられているはずだから。  ほうら、曲がりカドの向こうからパタパタと走る男子の上履き音が聞こえてくる。  来週からはもうこんなチャンスは二度とこない。  宿題のプリントを回収して職員室に持っていく係は、隣の席の男子に変わるから。  プリントを両手に抱えてふらふら歩いている女子に、急いでいる男子が曲がりカドで偶然に鉢合わせしてしまう。  ──ドン! 「きゃっ」 「あ、ごめんね。僕も拾うのてつだうよ」 「ありがとう……、ございます」  やがて、男の子の手と女の子の手が触れあい、お互い見つめあう。  そうやって男の子と女の子はフォーリンラブする。  ボーイ、ミーツ、ガール。  ううう。  今まで、何回もチャレンジしたのに、一度も鉢合わせしなかったの。  彼の動きが速すぎて、私が曲がりカドに着く前に、すでに彼は曲がりカドを曲がりきり、なにごともなく私の横をスイっとすり抜けていく。  もう、これで最後。  このチャンスを失えば私の恋は永遠に失われる。  この一回に女の意地をぶち込むの。  ふふふ。  でも今回は、完璧なはず。  今までの経験をもとに、彼の初速度まで考慮して微調整済みだから。  さあ、行くわよ。  ゴーゴー。  ラブラブな高校生活を目指して!  * * *  どん! 「きゃっ」 「あ、ごめんね。僕、急いでるから、じゃ!」 「え?」  計画通り、曲がりカドで憧れの彼と鉢合わせ。  でも、憧れの彼は先生に呼ばれているからと、呆然とした私を残してさっさとその場から消える。  あんなに憧れてた、イケメンな彼のイメージがその瞬間ガラガラと音を立てて崩れていく。  あんな人間的にダメなヤツを、私は好きだったのかい。  自責の念と、目の前に落ちて広がるプリントを見て心が折れそうになっていると。 「おい、大丈夫か? 俺も拾うの手伝うよ」  そんなぶっきらぼうな声と同時に私の横から長い腕がひょいと現れる。  それは、隣の席の男子。  ひょろっとした、モブ男、A君。 「ありがとう、たすかる」  涙ぐんでいた両目をバレないようにぬぐうと、彼の横に並んでプリントを拾う。  なんだ、こいつ良いやつじゃん。  いままで隣の席にいたのに気が付かなかったよ。  モブ男A君、私の恋愛候補リストの先頭に、リストには君一人しか載ってないけど、エントリーしちゃうね。 (了)
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