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ぐりぐりと刺した。何度目かでグショリ、と何かが潰れる音がした。
同時に飛んでくる小さな赤い塊。初めて見るそれの匂いをかいでみるとあの液体と同じだった。
ぱくりと口に入れる。まずは舌の上で転がしてみる。赤の味。存分に味わってから、その塊を奥歯で噛んだ。
「美味しい美味しい美味しい美味しい」
愛遊の左胸、こんなに美味しいなんて。
ふと周りを見ると、所々にあの塊が散らばっていた。形や大きさはまばらで、それが、より美しく思える。
美味しいものは美しい。愛遊は、この世で一番美しくて、綺麗で、わたしは愛遊のすべてがいとおしい。そのなかでもこの赤は、特別だけれども。
塊は、ひとつひとつ拾って、ひとつひとつじっくりと味わった。美味しい赤に心地よい歯ごたえ。充分に味わった。流れてくる赤もたくさん啜った。
だけど、吸いきれない。愛遊のまわりに広がってくそれは、赤ではなく月の小さな真夜の深い黒の色を浮かべていた。
…そろそろ、愛遊と遊んであげよう。美味しいものをくれたお礼に。
「愛遊、美味しかったよ、ありがとう。ほら、立って。今から何したい?」
返事はなかった。
いつまでたっても。起きないし、喋らない。床に転がっている。
「愛遊、怒ってるの?話聞かなかったから」
どうして何も言わないの。
「ごめんね、愛遊、ごめん、怒らないで」
さみしい。さみしい。さみしい。
持っていたもので愛遊の右胸も刺してみる。ねえ痛い?大丈夫だって、言ってよ。何か言ってよ。怒らないで、謝るから、ひとりにしないで。
「愛遊、愛遊、愛遊」
あれ、もしかして、愛遊、寝てるの?
そっか。眠かったんだね。目、瞑ってるもん。そっか。じゃあ、寝かせてあげる。今日はたくさん、美味しいものをもらったから。
「おやすみ、愛遊」
おやすみのキスを、くちびるに。
「明日は、しゃぼん玉しようね」
そう言うと、愛遊は笑ってくれた気がした。
わたしはなんとなく眠れなくて、だから、眠る愛遊のお腹に今度は穴を開けた。
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