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1. 龍権現
黒い龍が水面を跳ねる。鱗に覆われた漆黒の身が波打ち、大きく口を開げた龍が1M以上の長さの頭を振り回すと水飛沫が飛び散った。金色の屋根に黒い龍の彫刻が彫られた山車では、10人の黒ずくめの祭り装束の男達が力強く太鼓を叩き、山車の前では一人の笛吹きの老人の吹く笛の凛と透んだ音色が水面を揺らし、池の周りの緑の木々の間を縫い、赤い鳥居と2匹の狛犬の守る境内の参道を通り抜け、入り口の桜の木の枝までも震わせるように響く。
黒龍権現は百年以上続くこの町の伝統芸能だ。10mほどの長さの木彫りの黒龍の権現を、7人の男達で担いで神社の池の中で踊る。漆塗りの黒龍の頭は長さ1. 5m、重さ10kgで大の男2人で持ち上げてようやく踊れるほどの代物だ。権現の頭には角がついており、口は中から開くことができる仕様になっている。龍の身体は黒い長い風呂敷に金の鱗模様で再現されていて、頭担当以外の男達がその中で舞う。
笛吹の横では、10人ほどの小学生の子供達が龍神の描かれた扇子を手に「ささら」と呼ばれる踊りを踊る。これも龍権現と共に昔から続く伝統芸能だ。
見物人達は息を呑んで見守っている。金色の鋭い眼光を放ち悶える様に上下する龍の様子は、激しく怒っているようにも、4年ぶりに本殿の外に出られたことに歓喜しているようにも見える。
この龍神祭も、岩手県龍ヶ崎町で百年以上続く伝統的な祭りだ。
その昔、この地域は黒龍と白龍という兄妹龍が支配していた。黒龍は気性が荒く、白龍は心優しく穏やかで、隣の大平村と龍ヶ崎村の堺にある山奥の瀧で仲良く暮らしていた。
だがある日白龍が眠っているところを山賊に襲われ殺された。お宝として高く売れる龍の首の玉を狙ったのだ。最愛の妹を失った黒龍は嘆き悲しみ怒り狂い、衰弱して死んだ。その後村に禍いがもたらされ、洪水により沢山の人が死に作物も潰え人々は飢えに苦しみ死んだ。被害を受けた2村の神社の神主同士が力を合わせ2つの龍の魂を封印し、隣村との境界を隔てて2つ祠が建てられた。やがて山が切り開かれると龍達を神様としてそれぞれの神社に祀った。
村では当初干魃や洪水等で作物が枯れると人柱を立て龍神の怒りを鎮めていた。だが時代が移り変わり、4年に一度、黒龍神を祀る龍ヶ崎町の岬神社と、白龍神を祭る隣の大平町の大瀧神社が一緒に行う合同祭が行われ、龍を兄妹を再会させ、五穀豊穣を願うという形式になった。岬神社から龍ヶ崎小学校に続く片道30分ほどの道中を、黒龍神神輿を先頭に山車、ささら、踊り子等を引き連れ盛大に練り歩く。この祭りはいつも県内外から訪れる多くの見物客で賑わい、当日は道中にヨーヨーや金魚掬い、射的等の出店が並ぶ。
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