10人が本棚に入れています
本棚に追加
【あらすじ動画あり】9話
=============
【あらすじ動画】
◆忙しい方のためのショート版(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94
◆完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
=============
「おいっ! 銀次、大丈夫か!?」
気がついたら、地面に横たわっていた。目の前には、心配そうにのぞき見てくる辰政と紅子。
「よぉ、お帰り」
目を覚ました銀次を見て、辰政が二カッと笑った。
銀次はホッと息をついた。同時にこみ上げてくるものがあって、見られまいと顔を横に伏せる。
「大丈夫? 怪我でもしたの?」
傍らにいた紅子が、銀次の顎を鷲づかみにした。
一瞬びっくりした銀次だったが、すぐにプッと吹き出しそうになる。
「な、なに」と紅子が戸惑う。
「や、ごめん……でもおかしくって…」
銀次は目元の涙を拭った。
「だってさ、紅子は自分がどこで生まれたのかわからないって言ってたけど、絶対、浅草だよ。だってさっきの啖呵——」
「あぁ」と辰政も笑い始めた。
「確かにさっきの啖呵は山の手のお嬢さんには出せない迫力だったな。普段どんなに大人しくしていても、いざって時に伝法(勇み肌)になるのが浅草の女だ。そういう意味じゃ紅子も立派な浅草の姐さんだ」
笑い合う男二人を前にして、紅子は居心地悪そうにしていた。気のせいか、顔も少し赤い気がする。
さすがにやりすぎたかなと思った銀次は起き上がり、彼女と向かい合う。
「あのさ、紅子。紅子は自分のこと人形とか言ってたけど、そんなことないよ。確かに記憶や感情は少ないかもしれない。でもそれはこれから創っていけばいいと思うんだ」
「創っていく……?」
「そう。誰かが言ってたんだ。なくしても再生するものはあるって。だから紅子もこれから新しい自分を創っていけばいいんじゃない? そうすればきっとその中に、昔なくした紅子がまた生まれてくるはず——って誰が言ってたんだっけ? さっきの言葉……」
「おいおい、しっかりしてくれよ」
頭を掻く銀次を辰政が小突いた。
「でもまぁ、俺も銀の案には賛成だな。それにエンコにいりゃ、毎日色んなことが起って逆に自分のことなんて気にしてる暇もないぞ」
うんうんと銀次が頷いていると、それまで呆然としていた紅子が急にふわりと笑った。
「確かに……そうかもね……」
初めて見る紅子の笑顔は可愛らしく、今度は銀次の頬が赤くなる番だった。
「い、今の見た……? 辰っあん」
「あぁ、バッチリ——ってか、銀次」
辰政は、今気づいたというように右目に手をやる。
「俺、何か見えるみたいなんだけど……」
「え!?」
銀次は、慌てて手の中を見た。
握っていたはずの瓶は傍らで割れていて、中にあった光の球もなくなっていた。
(もしかして、辰っあんが受け止めてくれた時に?)
しかし、そんなことどうでも良かった。
「何で急に? 信じられねぇ」
喜びを滲ませる辰政を見ていたら、銀次の頬がさらにほころんできた。
「辰政さん。きっとそれはね、乙女の笑顔の効果というものじゃないですかねぇ」
その言い方がおかしかったのか、辰政は「なんじゃそりゃ」と呆れたように笑う。
横にいた紅子も小さい肩をすくませ後、小さく笑い出した。
銀次は自分でも知らないうちに、顔に笑顔が大きく広がっていくのを感じた。
「——あぁ、青いのぅ」
雅やかな声がして振り返ると、腕を組んだ陵蘭が後ろに立っていた。
「まったく、恩を売ろうとここまで来たのに出番なしじゃないか。これだから、友情とか愛とか無償の何とかとやらは——」
「混ざりたいの?」
冗談で聞くと、陵蘭は大きく眉を顰めた。
「阿呆。代価の得られないものなど、貰う気もくれてやる気もないよ。ということで、わては帰らせてもらう——っとその前に、銀坊」
陵蘭は銀次を見た後、辰政と紅子を指さした。
「聞いたところによると、そこの人間たちは何とかという組の頭領というじゃないか。それで思いついたんだが、銀坊も表町にいる妖怪たちを集めて組を作ってはいかがかな? そうすれば奴らに何かあった時、銀坊に動いてもらえばいいし」
「…それってまた使いっ走りをしろと?」
「まぁ、そういうことになるかのぅ。ほほほ」
高笑いをしながら陵蘭は颯爽と立ち去ってしまった。
彼の命令は絶対だ。それが骨身に染みている銀次は、ため息をつくことしか出来ない。
「…はぁ」
ふと気づくと、辰政がニヤニヤとこちらを見ていた。
「なぁ今の話。もしお前が本当に妖怪団つくることになったら、やっぱり名前は浅草銀団か? プッ、あんまカッコ良くねぇな」
「あら、そんなことないわよ。銀団、いいんじゃない?」
そう言いつつも紅子は辰政と、また一緒になって笑っていた。
「クソ、二人とも人ごとだと思って……」
ぶつぶつ言いながらも、銀次はふぅっと軽い息を吐いた。
まぁ、何とかなるだろう。
辰政や紅子——一緒に生きる大切な人たちがいれば、何があっても大丈夫。
それに——。
銀次はふっと空を見上げる。
浅草の空は、原色の錦旗の上、どこまでも突き抜けるような澄んだ青色をしていた。
あの向こうでは、きっと誰かが自分を見守ってくれている。
なぜか、そう思った。
でも、それだけで勇気が湧いた。
銀次は未だに笑っている辰政と紅子に向かって言った。
「さぁて、帰ろうか。俺たちのエンコに」
最初のコメントを投稿しよう!