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【あらすじ動画あり】3話
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【あらすじ動画】
◆忙しい方のためのショート版(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94
◆完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
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仕事の時の声色で言うが、辰政は聞いていないようだった。彼は万華鏡のようにきらびやかに光る町を見て、目を丸くする。
幻燈町は一見、浅草の町とそう変わらない。色とりどりの旗を掲げた露店と、店先に並べられた品を声を上げて売る商人たち、品物に群がり品定めをする客たち。例えるなら三社祭りの時の浅草寺境内のような賑やかさだ。
だがよくよく見ると、奇妙なところもあった。
壊れた鏡や陶器。何の動物のものだがわからない頭や骨。西洋の小瓶に入った不思議な色の液体。
店先で売られている品々は全て、奇妙で、見たことのないようなものばかりだった。
一見ガラクタ市にも見えるが、中には帝都博覧会でも出されていないような精巧な電気機械まで売る店もある。
果ては店先に何も並べていないくせに「さぁ見ていっておくれ」という商人まで。
よく見ると、店先に立つ彼らも変だった。
体は人間なのに頭は獣だったり、一つ目であったり、明らかに人とは言えない姿をしている。
「な、何だこれ…」
珍しくポカンとしている辰政を見て、銀次は得意げに胸を張る。
「ここは幻燈町の市だよ。幻燈町は裏町の中でも有名な商人の町。特にこの夜市は手に入らないものがないと言われているほどなんだ。だからそれを求めて世界中のあらゆるモノたちが集まってくる。人間はもとより妖怪、幽霊、異世界人……などなど」
「ちょ、ちょっと待って…!」
辰政は銀次の言葉を手で遮った。
「何かよくわからないが、何で、何でそんなものが浅草に……!?」
「浅草だけじゃないよ。裏町は日本中にあるんだ。それこそ銀座や浅草なんていう人の欲望が集まるところには必ずと言っていいほど裏町が隠れている。そこへ行くための裏道も色んなところに張り巡らされていてね。ただし裏道を見つけることが出来るのは、それなりに修行した人とか、元々そういう目を持った人だけ。まぁ、偶にひょんなことから迷い込んでしまう人もいるけど……」
「……じゃぁお前は? どうして道がわかったんだ?」
銀次は言おうか言わまいか迷った。だが、ここまできてしまえば隠し通すことは出来ない。
「俺は……ちょっとここで商売をしてて」
「商売……? って、もしかしてお前が最近始めた『探しモノ屋』って……!?」
銀次はこくりと頷く。
「そう。俺はお客の欲しいモノや探して欲しいモノの依頼を受けて、そのモノやそのモノに関する情報をここに買いに来る。ここには形有る無しに関わらず何でも揃っているからね。そして買ってきたものを客に渡して代価を得る。言っちゃえば買い付けみたいなものだよ。知り合った異国人がバイヤーとか何とか言ってたけど」
呆然と話を聞いていた辰政が、ガクッと肩を落とした。
「……何だそういうことか。おかしいなと思ったんだ。面倒くさがり屋のお前が『探しモノ屋』なんて、その辺駆けずり回るようなことなんてするはずないって」
「その通ぉり。何せ俺の座右の銘は『最小の労力で最大の利益』を、ですから」
「自分で言うなよ。この守銭奴が」
ペチンと辰政は銀次の額を叩くと、急に真剣な顔になった。
「いいか? これだけは聞いておくぞ。お前のやってることは別に危険なものじゃないんだろう?」
追求してくる目に、銀次は戸惑う。
「ん、まぁ……」
と曖昧に頷くと、辰政はフッと笑った。
「そうか、それならいい。にしても裏道とか裏町とか、まだよくわかんねぇけど、こうゆう世界もあるんだなぁ。俺らの浅草も思った以上に広かったってことだ」
何でもないことのように辰政は言った。
銀次が彼をすごいと思うところは、こうゆうさっぱりしたところだ。
自分が初めて裏町(ここ)を訪れた時は、あまりのことに気絶してしまったというのに。
(まぁ、そのことだけは絶対に言うまい)
銀次がそう決意した時、
「うわっ……!」
急に周りにいた人々と異形の者たちが、「こっちだ、こっちだ」と、二人の間に割って入ってきた。遠くで「表の市にもない本物のガマの油だよぉ〜」という声がする。どうやら彼らはそちらへ殺到しているらしい。
「辰っあん…!」
「銀次っ……!」
人混みに流されて、見る見るうちに辰政の姿が遠くなる。銀次は必死に手を伸ばすが、大入道の集団に阻まれて、どんどんと反対方向に流されていってしまう。
(ヤバいっ…! この町で迷ったりなんかしたら…!)
冷や汗が背中をつたった。その時、
「!?」
突然口をふさがれ、露店の後ろにある路地へ引きずり込まれてしまう。
「何だっ…!?」
「——お前さん。また来たのかぇ」
低いながらも艶のある声がして、銀次はハッと振り返った。
「陵蘭(りょうらん)…」
そこにいたのは裏町で一番会いたくない男だった。
彼は驚いている銀次を見るなり、ニイッと笑った。口端から鋭い牙がチラリとのぞく。
その容貌は人間のものではなかった。いや、限りなく近いが、人間にしてはあまりにも綺麗すぎた。
さらりと垂らした白銀の髪、青みのある白い顔。鋭い瞳孔の紅の目。
美貌の男は手に持つ番傘をパチンと閉じた。
「銀坊。この幻燈町に来たっていうのに、師匠のわてに挨拶もなしとは。お前さんも偉くなったものだねぇ。なぁ、お前たち?」
陵蘭の周りにいた女たちがクスクスと笑う。
彼女たちは幻燈町一の遊郭「花蛇」の遊女たちだ。
金の簪、風月をこらした絹の織物。雅やかな化粧(けわい)。
圧倒的な美を誇る彼女たちに囲まれながらも、銀髪の男はまったく見劣りしなかった。
というよりも遊女以上に艶冶(えんや)な趣がある。
女物の真っ赤な打ち掛けに、ぽっくりの下駄。撫でるようなしなのある口調。
しかし、女々しいという訳ではない。
どちらかと言うと、今し方、女の寝床から抜け出てきたというような気だるげな遊び人風の男だ。
(うわー出たよ…)
銀次は心の中でこっそりため息をついた。
陵蘭という名のこの男は、幻燈町一大きい遊女屋の店主だった。生まれた時から遊女とともに育った彼は、男ながらにして何ともいえない妖しい雰囲気を持っている。
だがそのたおやかな物腰や、風雅な微笑みに反して、本性は強引で我儘。さすがは大店(おおだな)の坊ちゃんといったところだ。
散々彼に騙されてきた銀次としては一瞬たりとも気が抜けない。
実を言うと裏町に迷い込み、行き倒れてしまった銀次を拾ってくれたのはこの陵蘭だった。そのあとも彼は何かと世話を焼いてくれ、幻燈町、しいては裏道や裏町のことについても詳しく教えてくれた。
そういう意味で陵蘭は銀次の恩人兼師匠でもある。だが出来るならそう呼びたくない。
なぜって陵蘭はありったけの親切を働いたあと、こう言ったのだ。
「して、このお代は?」
当時の銀次は震災直後。着の身着のままで、本当に何も持っていなかった。
それを言うと、
「じゃぁ、体で払ってもらおうかねぇ」
それが不幸の始まりだった。
とんとん拍子に銀次は、陵蘭の下働きの小僧にされ、彼の言いつけ一つで表町である浅草と裏町である幻燈町を走り回る破目になった。
当時、表町と裏町の境界は震災のせいで歪んでいた。しょっちゅう、裏町のモノが表町に、表町のモノが裏町に流れ込んでしまう。
銀次は陵蘭の指示に従い、迷い込んでしまったものを元の場所に返す仕事をしていた。
『探しモノ屋』は、その延長線でやっているようなものだ。
そんなこんなで銀次は未だに陵蘭の使いっ走りから抜け出せていない。だが文句は言わない。
お金持ちと権力者にはへいこらしとけ。それが商人——いや庶民の知恵だ。
「へぇ、すいやせん。丁度今から挨拶に行こう思っていたところなんですよ、陵蘭の旦那」
「ふうん、そうかいそうかい。それよりもお前さん、もしかして誰かを探していたんではないのかぇ?」
「…え? あっ! 辰っあん!」
銀次はバッと路地を出た。だが幼なじみの姿はどこにも見当たらなかった。
(……これは、やばいぞ)
裏町には本当に色んなモノがいる。中には人の魂を喰らう幽鬼から、身体ごと喰らう怪物まで。
嫌な考えが頭をよぎった時、陵蘭が銀次の肩にポンと扇子を置いた。
「どうやらお困りのようだねぇ。どれ、わてが探してやろうか?」
「え? 出来るの?」
「なあに、簡単さ。——小奴」
「はぁい、主様」
シャラリと簪の音をたてて、一人の遊女が飛び出してきた。
小柄な、目のくりくりした娘だ。ただ島田髷から出た獣の耳を見れば人間じゃないことは容易に知れた。
彼女は陵蘭から何かを言いつけられるなり、小動物のような俊敏さで雑踏の中へ消えてしまった。
一方の陵蘭は一仕事終えたとでもいうように、金扇をパッと広げる。
「さて、お前さんの探しモノは小奴に探しに行かせたよ。安心おしぃ。あん子の鼻に狂いはないからね。ということで——」
陵蘭が半月形に緩めた目元で、銀次を見下ろした。嫌な予感がする。
「今の代価はどうする?」
予想通りの言葉に銀次は脱力した。
(またっ、騙されたっ…!)
これが陵蘭の手口なのだ。
親切のフリをして、あとから代価を取る。エンコの不良少年もやらない阿漕な手だ。
銀次は観念するしかなかった。
「…じゃぁ、いつものやらせて頂きます…」
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