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【あらすじ動画あり】5話
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【あらすじ動画】
◆忙しい方のためのショート版(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94
◆完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
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あの日のことは今でも鮮明に思い出すことが出来る。
九月一日、銀次と兄の清一郎は二人で十二階に登っていた。
病がちな兄にとって、十二階から見える景色が唯一の楽しみだった。
「どっか遠くに行きたいもんだね」
展望台から見える帝都のパノラマを前に清一郎はいつもそんなことを言っていた。
あの日も丁度、そんな時だった。
ゴオオン。
怪獣の唸り声のような地響きが鳴り、突然足場が大きく揺れた。
「アッ」と思った時にはもう、銀次の体は尖塔とともに投げ出されていた。目の端で兄の体も同じように投げ出されたのが見えた。
不思議なことが起ったのは、次の瞬間。
投げ出された兄の体が十二階下の魔窟の方に落ちていき——
突然、消えたのだ。まるで町に吸い込まれたみたいに。
それが兄を見た最後の瞬間だった。
次に目を覚ました時、銀次は瓦礫の上にいた。傍らには途中まで一緒に来ていた辰政がいて、明らかにホッとした顔をしていた。
「銀次、良かった。無事だったんだな!」
彼の話では十二階は八階部分でポキリと折れ、展望台にいた人は全て地面に投げ出された。唯一銀次だけが塔の横にある「仁丹」の大看板に引っかかり、命拾いしたという。
銀次が清一郎のことを聞くと、辰政は首を振った。投げ出された人はみな、瓦礫の下敷きになり生存は絶望的だという。
そうこうしているうちに、浅草のあらゆるところから火の手が上がった。新吉原、千束町、十二階も間もなく発火し、銀次たちは逃げることを余儀なくされた。
二人はそのまま炎が埋め尽くす町を逃げ惑い、最後に浅草観音堂に辿り着いた。観音堂は奇跡的にも火災を免れ、数日後、銀次たちは焼け野原となった浅草の町で家族を探して歩き回った。だが家族が見つかることはなかった。家のある花川戸にも行ってみたが、そこは家一戸すら残っていない、一面瓦礫の山だった。
二人は思い知らされた。自分たちは生き残ってしまったのだと。
そのあとは何もかもが必死だった。その日を生きること以外、何も考える余裕はなかった。
瞬く間に時間は過ぎていき、ようやくエンコに落ち着くことが出来た頃。ふと銀次の頭にあの十二階での光景が甦ってきた。
そうしたら居ても立ってもいられなくなった。銀次は朝から晩まで、廃墟と化した浅草の町を走り回った。何日も何日も。
兄はどこかで生きていると信じて。
辰政はその時の銀次を見ていたからこそ、彼の探しモノがわかったのだろう。だがいつしか駆けずり回ることを止めた銀次を見て、諦めたとも思ったのだろう。
しかし、銀次は諦めてはいなかった。
ひょんなことから裏町に迷い込んでしまった時、銀次は確信したのだ。
ここに兄はいると。
そう思ったら安心してしまい道端でパッタリ倒れ込んでしまった。
その後は知っての通り。陵蘭の下働きとなった銀次は、言いつけの合間を使って兄・清一郎に関しての情報を聞き回った。
「で、何かわかったのか…?」
黙って話を聞いていた辰政が尋ねた。
銀次は静かに首を振る。
「いや、わからなかった…誰も兄ぃのことは見てないって…」
「そうか…」
重たい沈黙が流れる。だが辰政がもう怒っていないことは空気でわかった。
彼にずっと裏町のことを言えなかったのは、他にも理由があった。
眼だ。
辰政の片目は震災の時に失われてしまった。
あれは銀次と辰政が火事から逃げている時。真っ赤に焼け爛れた木柱が二人に向かって倒れ込んできた。辰政はその時、銀次を庇って右目を負傷した。医者がいうにはもう視力が戻ることはないらしい。
それを聞いた時の絶望は今でも覚えている。
——お互い助け合って一緒に生きていこう。
震災直後、残骸となった家を前に銀次と辰政は約束した。その約束通り、二人はこれまで共に生きてきた。
だが銀次は思う。自分は辰政に守られる一方で、彼の助けにはなっていない。むしろ自分がいたせいで辰政は眼を失ってしまったのだ。
彼の眼を見る度、それを思い知らされる。
だからこそ銀次は決意した。
今度こそ自分が辰政の助けになる——いや、償いをすると。
その時から銀次は兄を探す傍ら、辰政の眼を求めて裏町を廻った。
店の中には臓器などを売っているところもあったが、何のモノかもわからないそれを使う訳にはいかなかった。出来るなら無くした本人の眼を取り戻したい。
そのためには渡りの商人を見つけなければならなかった。しかし渡りの商人は滅多に現れない上、彼らに頼めば法外な対価が必要になる。
それでも、たとえ何を支払ったとしても、銀次は辰政に眼を返したかった。
だがもしそんなことを本人に言えば、すぐに止めろというだろう。だからこそ今まで言えなかったのだ。
今も銀次は、ここに辰政を連れてきてしまったことを後悔していた。
「——ところで銀坊」
重たい空気に似合わないゆったりとした陵蘭の声が響く。
「何やら難しい顔をしているところ悪いが、今回の探しモノは何かのぅ。お前さんはそのために来たのだろう?」
「あ…」
すっかりと忘れていた。今日裏町に来たのはあの男装の麗人の依頼のためだった。
「ええっと、今日は女の子を探しに来たんだ。紅子っていう——」
「紅子!? それって紅団の紅子か?」
聞き返してきたのは辰政だった。
「う、うん。何でも数週間前からいなくなったとかって…」
「嘘だろう。そりゃ、やっかいだな…」
苦々しい顔をした辰政に銀次は首を傾げた。
「どうゆうこと?」
「いや、それが…エンコにいる不良少年団にはそれぞれ所場が決まっててな。時々その割り振りを巡って戦争が起きる。それでも今のところ何とかなってたんだが…もしエンコ最大勢力の紅団頭領がいないとわかれば、他の団が出張ってくるかもしれない。そしたら黒団にも火の粉が降りかかってくる——ということでだ」
辰政は意外とこざっぱりした顔で言う。
「俺も紅子を探すのを協力する。それと清一郎さん探しもだ。あんまり覚えてないけど、俺もあの人には世話になったしな」
「辰っあん!? でもっ…」
「でも、はなしだ。約束しただろう? 俺たちは何でも助け合おうって」
銀次は何かを言おうとして、結局何も言えなかった。
「よし、これで決まりじゃのぅ」
銀次が迷っている間に、陵蘭が勝手に仕切り始めた。
「して、お前さんたち。その紅子とやらを探すのなら、わてがいい情報をもっておるぞ」
「ちょっと、待って…!」
銀次は慌てて陵蘭の口を塞ぐ。
「ちなみに、そのお代は? 同じ手に何度も乗るほど、うつけじゃないからな」
「なあに、いらんよ。さっきのタダ働きの返礼だ」
本当かなぁっと思っているうちに、陵蘭は話を先に進める。
「あれは二、三日前だったかのぅ。わての知り合いの妖怪のところに不思議な女子(おなご)が訪れたそうじゃ。何でもその女子は紅と名乗り、髪に赤いリボンをしてたとか——」
「「それだっ!」」
銀次と辰政は陵蘭に詰め寄った。
赤いリボンは紅子のトレードマークだ。
「で、その知り合いって?」
「なに、銀坊。お前さんもよく知っている連中だ。いつも一緒に仕事しておろう?」
「は? 一緒に?」
銀次は必死に考えたが、思い当たる節がなかった。
「わからないかのぅ? ではこう言えばわかるか。花ちゃん、やーい」
楽しそうに言う陵蘭を前に、銀次は固まった。
「え? 嘘だろう…」
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