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【あらすじ動画あり】6話
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【あらすじ動画】
◆忙しい方のためのショート版(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94
◆完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
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蜘蛛男、牛女、巨人に犬神憑き。
西洋魔術に中国幻術。
地獄極楽からくり人形、八幡の藪知らず。
浅草観音堂の裏——奥山には怪奇とも幻想ともつかない見世物小屋がひっそりと営業していた。
これらの見世物はもちろんインチキで、中には「怪物! 大イタチ!」とうって、大きな板に血をつけた「大板血(オオイタチ)」を見せる馬鹿げたものまである。
それでも明治から大正に至るまでは、怖いもの見たさで多くの人がここに集まっていた。
だが知っての通り今は、暇を持て余した子供たちが冷やかしにチラホラと来るだけ。
「さぁ、入った入った! 世にも恐ろしいろくろ首が待ってるよぉ〜」
見世物小屋に入ると、もぎりの侏儒が待ってましたとばかりに、客——とは言っても銀次たちだけだ——を奥へ押しやる。
小屋の中は薄暗く、奥の舞台には御簾(みす)がかかった駕籠がポツリと置いてあるだけ。
銀次は何だかドキドキしてきて、隣の辰政を小突いた。
「なんか久しぶりだね。こうゆうとこ来るの。昔はパノラマ館とかルナパークとかもよく行ったけど。偶に兄ぃも連れてさ」
「ん、そうだっけか? 俺、あんまよく覚えてないかも」
「え〜もう痴呆かよぉ」
「あんだと、コラ」
言い合っていると、奥からドンドンと太鼓の音が響いてきた。
「ほうれ、いまからいまからァ〜ろくろ首いまからァ〜」
前に立つ香具師がおなじみの口上を言う。
「ここにいたる子、マムシの執念、親の因果が報いまして、夜中になるとスル〜リスル〜リと首が伸びまする。さァ、見たけりゃもっとこっちへ寄っていらっしゃい。今から花ちゃんが歌を歌うよ。そうれ、花ちゃんヤーイ」
「はあい」
女の声とともに駕籠の御簾がスルスルと上がり始める。
中には三味線を抱えた江戸風の女がいた。彼女が三味線をつま弾き始めると、その首がどんどんと伸び——
と一見、薄気味悪い光景だが、首は明らかにゴムで作ったものだとわかる。
「……これが本物なんて、まさかな……」
「なに、あれはワザと偽物に見えるようにしているのさ」
耳元で世にも蠱惑的な声が響いた。
もしやと銀次は振り返る。が、後ろには誰もいない。
空耳か、とホッとした瞬間、
「ギャッ!」
背中にひんやりした感触が這い、思わず飛び上がる。
「おい、銀。どうしたんだ?」
隣の辰政が怪訝そうな顔で見てきた。
「せ、背中に……気持ち悪いものがっ…!」
「なに、気持ち悪いとは失敬な」
ニョロリ。突然着物の衣紋(えり)から何かが出てきた。
その姿を見て銀次は驚く。
紅の眼をした蛇が、自分の目の前で鎌首をもたげていた。
あまりのことに固まってしまった銀次を蛇が覗き込む。
「おや、まだ気づかないかぇ。わてだよ、わて」
「ってその声……まさか陵蘭!? 何でこんなところに!? それにその姿——」
「なあに。これは仮の姿さ。表町に来るのに元の姿では目立つのでな」
陵蘭は目だけで微笑んだ。蛇になってなお色気のある仕草だった。
「あら、若?」
見世物はいつの間に終わっていたのか、舞台袖から花ちゃんが顔を覗かせた。
「若、お久さしゅうございますね」
感動のあまり——かどうかはわからないが、花ちゃんは猛烈な勢いで銀次たちに向かってきた。それも首だけで。
「ギャッ!」
さすがの辰政も驚いたのか、銀次と一緒になって固まってしまう。
それを見た花ちゃんが、嬉しそうに長い首を踊らせた。
「おや、いい反応だねぇ。こうゆう子どもの顔見たさで、あたしはこの売(バイ)しているようなもんですよ。きっと他の奴らも同じだと思いますけどね」
「ほ、他の奴ら……?」
銀次は勇気を振り絞って聞いてみた。
「あら、知らなかったんですか? この奥山にいる者たちの大半は裏町の妖怪や術師なんですよ」
「へっ……!? ってことはあの狼少女のアイちゃんも? 狐使いのおっさんも? 全部本物!? インチキじゃなくて!?」
「えぇ、本物ですよ。インチキに見えるように手を抜いてるだけです」
銀次はグラリと目眩を覚えた。
まさか同じ場所で商いをしてきた連中が、本物の妖怪や術師だったなんて。
頭を抱えていると、首を戻してきた花ちゃんが前に立っていた。
「それだけではありませんよ。六区(ロック)にもあたしらの仲間が大勢います。裏町に人間の商人が多くいるようにね。浅草(エンコ)はあたしら異形のモノにとったら格好の場所です。ここでは奇妙であればあるほど、モテ囃される不思議な場所でございますからね。若がよく表町に遊びに来るのもそうゆう訳なんでございましょ? まったくモノ好きなんだから」
「ふふ、お前さんだって同じようなものであろう?」
陵蘭と花ちゃん——ニョロニョロ仲間は「ほほほ」と笑い合った。
「ところで皆様、今日はどのようなご用件で?」
花ちゃんはグルリと銀次たちに顔を向けた。据わっていない首がグラグラしていて、ちょっと不気味だ。
だがそれさえ除けば、彼女は普通の人間のように見える。乱れた後れ毛を整える姿なんか、浮世絵の美人画にでも出てきそうだ。
だいぶ落ち着いてきた銀次は、一呼吸して花ちゃんと向き合った。
「俺たち、花ちゃんに聞きたいことがあって来たんです。数日前、十五、六の女の子がここに来ましたよね?」
「えぇ、ええ。来ましたよ。真っ赤なリボンをした娘さんでしょう?」
「そう、それ! その子は一体何をしにここに?」
「えぇ、それがですね。どうやらその娘さん、あなた様に会いたかったらしいですよ。ここら辺に覗きカラクリをやっている方はいらっしゃいますか、って尋ねてこられたので」
「え……俺に?」
銀次は辰政と顔を見合わせた。
「で、何て答えたんだ?」と辰政が聞く。
「えぇ。覗きカラクリのご主人はのんびり屋さんなので、大概、瓢箪池か下宿先で昼寝をしていますよと。だからここに来るのもマチマチでと答えると、娘さんは『そうですか』とだけ言って帰っていきましたわ」
辰政が呆れたように銀次を横目見た。
「お前もうちょっと勤勉に働けよ。妖怪たちよりぐうたらってどうよ」
「は、働いてるじゃんっ! 今!」
「え〜」
不満げな辰政をおいて、銀次は再び花ちゃんに向き合った。
「ってことは、紅子は俺を探してるってこと? でも一体、何のために?」
「さぁ、そこまではわかりかねます」
花ちゃんはコクリと首を傾げた。
銀次も一緒になって首を傾げる。だが、いくらそうしても何もわからなかった。
「辰さんっ!」
丁度その時、黒い数珠を手首につけた男が小屋に駆け込んできた。
黒団員のメンバーの一人、今久(いまひさ)だ。
仲見世で新聞売りをしている彼は黒団員の中でも情報通として知られていた。
辰政は彼に何か頼んでいたのか、報告を受けると銀次たちの方を向く。
「ちょっとうちの団員たちに協力してもらって、紅子や紅団について調べてもらった。そしたら面白いことがわかったぜ。聞いて驚くなよ? 俺たちが今まで紅団だと思っていた奴らは、実は偽物だったらしい」
「え……偽物? どうゆうこと?」
「オイラが説明しますね」
今久が人なつっこい顔を浮かべて横から出てきた。
「えー。オイラたちが今日、エンコ中を走り回って聞き込みをしたところ、紅団員の証とされている紅のハンカチをした連中は、実は紅子の追っかけということがわかりました」
「おっかけ?」と銀次が聞いた。
「えぇ。あれと同じですよ。昔エンコ中に溢れていた堂摺連(どうするれん)やペラゴロみたいな。奴らがこれと違うのは、奴らのアイドルが娘義太夫でもオペラの娘役でもなく、不良少年団の女頭目ということです。たぶん連中は絶世の美少女である紅子に近づきたいがために徒党を組み、紅子を追っかけていたんでしょう。しまいには紅子がいつもしているリボンを真似て自分たちのトレードマークを作ってしまった。それを周りが見て、奴らこそが浅草紅団だと勘違いしてしまったという訳です。しかし実際には、奴らは紅子とも紅団員とも直接的な関係はないそうです」
「ってことは何だ。本物の紅団員は別にいるということか?」と辰政。
「そうなりますね。ただ今のところ本物の紅団員の情報は何も掴めていません。規模もメンバーも」
ふと銀次は、手を上げた。
「ちょっと待って。辰っあんは紅団員に会ったことはないの? ほら会合みたいので」
「ん? あぁ、何度かはあるな。けど紅子の使いだと言って、こっそり来るから公の場所には出てこない。それに来るのはいつも違う奴で、同じ顔を一度以上見たことがねぇ。どっかの館にいる執事みたいな男が来たと思ったら、そこら辺で物売りをしているような女の子が来たりする。その頃から紅団ってのは掴めねぇ連中だと思ってたけど、まさかここまでとはな。たぶん紅子の計算なんだろうけど、実際騙されたぜ。あの紅のハンカチは紅団員の証じゃなくて、逆に本物の紅団員を隠すための偽装だったなんてな」
「偽装? 紅団を、隠すための?」
辰政の言葉に銀次は引っかかるものを覚えた。
丁度その時、キャーキャーという子どもの歓声が奥山に響いた。
何かと思って見ると、公園の中央で西洋魔術の見世物がやっていた。燕尾服にシルクハット、黒のマントを着た青年が子どもたちに囲まれ、次々と魔術を披露していく。
ステッキが花に変わり、花が鳩に変わる。
何気なく見ていた銀次の頭に、何かがひらめきそうになった。
しかしそれは、再び上がった子どもの声にかき消されてしまう。
歓声の中、魔術師が恭しくお辞儀をする。
「皆さん、温かい声援ありがとう。泣いても笑っても次が最後。集まってくれた皆様へのお礼に、これより大魔術をお見せしましょう!」
魔術師が手で示したのは、人が一人入りそうな箱だった。
「今から私はこの箱の中に入ります。皆さん、私が箱に入ったらすぐに鍵を掛けて下さい。厳重に、逃げられないようにね。それから十数えて。終わったら鍵を外し、中を開けてみて下さい。もしそこに私がいれば木戸銭は全てお返ししましょう。しかしもし無事に脱出することが出来れば、盛大な拍手を。では!」
ひらりとマントを翻して魔術師は箱の中へ入ってしまった。子どもたちはキャッキャッいいながら箱に鍵をかけ、鎖でグルグル巻きにする。
「いーち、にー、さーんー」
魔術師とともに子どもたちが数をかぞえる。
「十! よし開けるぞっ!」
子どもたちが一斉に鎖と鍵を外し始めた。そして待ちきれない様子で扉を開ける。
「え! 何で!?」
誰もいない箱の中を見て、子どもたちがざわざわとざわめき出す。
中には、誰もいなかった。
「あ、あそこっ!」
小僧姿の少年が、すぐ先の境内(けいだい)を指さした。
そこには赤い観音堂を背後に、シルクハットを手に持った魔術師が立っていた。
「あっ!」
銀次は、その顔を見て声を上げた。
燕尾服を着た魔術師は、今回の探しモノの依頼をしてきた男装の麗人にそっくりだったのだ。
(何でこんなところに!?)
だがそれよりも気になったのは、その目だった。
何も写していない人形のようなガラス玉の目。以前、どこかで見たことのある——
その時、魔術師がサッと動いた。
彼は初めから銀次に気づいていたようにお辞儀をすると、ひらりと身を翻し観音堂の境内へと消えてしまった。
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