雨上がりの虹は

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雨上がりの虹は

 雨が降るから虹を見られるんだよ。  ざんざん降りの雨に降られながら、ふとそんなことを思い出した。誰が言い出したか知らないが、憂鬱な気持ちがさらに憂鬱になった。  そんな形だけの励ましに、だれが励まされてなどやるものか。  虹なんか見られなくてもいいから、雨をやませてよ。  虹なんか、ホースで水を撒けばいつでも見られるじゃない。スマホでいつでも画像検索で探せるし。  私は恨めしく鈍色の空をにらむ。  雨のせいでスーツはびしょびしょだ。これから面接だというのに。  派遣切りに遭って、落ち込む暇もなく就職活動だ。  派遣切りが遭って良かった、そう思えるようなところへ就職したいと思ってがんばっているのだけど、なかなか結果はついてこない。  今回は知名度こそ低いが大手との取引もあって安泰そうな会社だ。その最終面接を控えてのこのどしゃぶり。  しかも、余裕をもって家を出たのに電車を間違えたせいでぎりぎりの時間になってしまった。  ちょっとは走って時間を稼ぎたいのに、この雨では走れば走っただけスーツを汚す結果になってしまう。  ジレンマとともに速歩きで会社へ進む。  そこへ、車道をすごい勢いで走る車が来た。  びしゃ! 「きゃあ!」  避けることもできず、私は車がはねた水をもろにかぶった。  終わった。  スーツどころか髪もびしょ濡れ、化粧ははげて水がしたたる。  こんなかっこうで行ったら、あきれられるだろう。  ぎりぎりに来るからだ、とか思われるかもしれない。  ちゃんと余裕を持って家を出たから、電車を間違えても間に合わせることができたのに。そんな言い訳をするタイミングなんて、きっとない。  私はため息をつき、とぼとぼと歩いた。  面接はぼろぼろだった。  質問にはうまく答えられず、濡れた体には冷房が真冬の寒風のようにこたえた。  面接官たちはスーツをビシッと着ていて、冷房でもまったく寒く無さそうだった。 「スーツで水泳でもしてきたんですか?」  からかうように言われて、えへへ、と笑ってごまかすしかできなかった。  大雨なんだから、同情してくれたっていいじゃない。  会社を出ると、来るまでの雨は嘘のようにやんで晴れ間まで見えていた。  私は腹立たしく傘を握りしめる。  雨上がりはいつも裏切られた気分になる。  さっきまで降ってたのに。ずっと降ると思ってたのに。どうしてやんじゃうのよ。  ため息をついて空を見上げる。  そこには七色のグラデーションが半円を描いていた。  地上から伸びた輝きは大きく弧を描いて大空を駆け上がり、再び地上へと伸びている。  青い空にただそれだけが雄大に輝いて地上を見下ろす。  思いがけず、心が浮き上がった。  青い空に七色の半円が爽快で、先程までの憂さが晴れていくようだ。  悔しいけど、やっぱりきれいだ。  自然が作り出すいっときの神秘。副虹まで現れていて、私はスマホを出してそれを撮影した。  だけど、小さな画面で見るそれはいきなりスケールダウンしてしまう。美しさ、雄大さはどれだけ角度を変えて撮影しても、フレームの中に収まらない。  結局、そんなもんだよね。  苦笑を漏らしてまた空を見上げる。  光のいたずらで現れたそれは、なにも言わずにただ私を見下ろす。  私がまたスマホを向けたときだった。 「あ、虹」 「ほんとだ」  通りすがりの人が虹を指差す。  私がスマホを向けたから気づいたんだよね、この人たち。  周りの人々が次々とスマホを空に向ける。自分だけの虹を手に入れるために。  自分が周りの人々に影響を与えたのかと思うと、なんだか少しうれしくなる。  虹は徐々に色を濃くしていった。  太陽が動いてるからだ、と気がついて驚いた。こんな形でそれを認識することになるとは、思ってもみなかった。いつだって、太陽はいつの間にか昇っていつの間にか空の真ん中にいて、いつの間にか沈んでいるものだった。  いったん濃くなった虹は徐々にその色を薄めていく。ほんの数分で、溶けるように消えていった。  不思議と、胸には満たされた気持ちが湧いていた。  ただ空を見上げて過ごすなんて、いつぶりだろう。もう何年もそんなことしていない。虹なんて実物を見るのは何年ぶりだろう。  見たことあるからって、もういいや、なんて思ってた。  だけど久しぶりに見る虹は、なんとも言えず、爽快だった。  私は画面の中の小さなそれを待ち受けに設定し、歩き出す。  雨上がりの空は青くくっきりと輝いていた。 終
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