白と黒の秘密稼業

2/8

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 最初は小さな変化だった。  付き合ってすぐに同棲をはじめたぼく達はどちらも諍いが苦手で喧嘩と言うものをほとんどしない。  意見の相違は当たり前。  時々モヤッとすることがあっても言い争うより冷静に会話を重ねて対処する。そういう風にやってきた。  喧嘩をしている時のザワザワもその後の気まずさも苦手なのだ。だったら正直に胸の内を見せあい平和的解決をした方がよっぽどいい。  そんなぼく達だったのに、ほんの少しのほころびを見せ始めたのは彼女がTシャツを買ってきて二週間ほどたったあたりから。  おしゃれが大好きな彼女にしては珍しく、あのパンダのTシャツを毎日のように着るようになった。  もちろん洗濯をして乾いた後なのでなんの問題もない。  だけどいくらお気に入りって言ったって毎日着ることはないだろう。他にもたくさん服はあるのだ。  だからつい口に出してしまった。 「今日もその服なんだね」  たったそれだけの一言がよっぽど気に障ったのか、彼女はキっとした瞳を僕に見せ「だったら何?」と冷たい一言を言い放った。  そこまで怒らせるようなことだったか?  焦りながらも「ごめん、怒らせるつもりじゃないんだ」と平和的会話へと持っていこうとする。  だけど彼女はそれを良しとせずさらに剣呑な視線をぼくに向けた。 「なんか文句でもあんの?」  その言い方は今まで聞いたことのない乱暴なもので、思わず目をすがめてしまった。 「だからごめんって言っただろ。文句なんて言ってないからね。よっぽど気に入ったんだなって」 「ごめんって顔してないでしょ」  彼女はさらに詰め寄ってくる。  なんだなんだ。こんなに怒らせることだったか?  ぼくはどう対応したらいいのかわからなくなって目の前で手を振った。 「やめよう。仕事行ってくる」 「は? 逃げるの?」 「そうじゃなくて。気に障ったならごめん、本気で悪かったって思ってる」 「謝れば済むって?」 「だからさ」  さすがにイラっとしてぼくはカバンを掴むと玄関へと足を向けた。これ以上無駄な言い争いをしたくない。仕事に行く前にこんな嫌な気持ちになるなんて。 「逃げるの?」 「行ってくる」  尚も執拗に追いかけてくる彼女を払って玄関の扉を閉めた。外気に触れ彼女と隔たれた瞬間安堵の息が漏れた。  意味が分からない。  あんな彼女を見たことがない。  今までは猫をかぶっていたけど、あれが本性って事?  うわ、こわっ。  仕事中も「さっきは言い過ぎた」のコメントが来るでもない。彼女はあれを悪いと思っていない。  どうしよう。  かえってあの続きが待っていたら。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加