白と黒の秘密稼業

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 それからも彼女は時々別人のようにキレる日が増えた。  決まってあのTシャツを着ている時だ。  帰宅が遅く選択が間に合わない時以外はまるで制服のように執拗にあれを着るようになっている。  パンダのくせに凶暴だなと悪態をつきそうになって気がつく。  そもそもあの見た目から愛嬌のあるイキモノだと思われがちだけど、熊科だぞ。垂れ目に見せかけているけどアレはまわりの模様があのカタチなだけで実際目を見たら「殺」って感じするし。  爪は鋭そうだし、あの硬い笹を齧ってるあたし歯や顎も強そうだ。  えっ、もしかしてパンダって怖いんじゃないの。  慌てて検索をしたらとりあえずイメージ通り温厚らしい。だけど怒った時はヤバそうだ。さすが熊猫だ。  ぼくは彼女をあまり刺激しないようにするように細心の注意を払うようになった。  穏やかで甘い生活が一気に殺伐としたものになる。  片方がピリピリとしだすと伝染するようにぼくまでイライラするようになってきた。それも意味もなく。  ただ家にいるだけでイライラする。落ち着かない。無意識に舌打ちをしてしまう。それに対して彼女がキレる。  わけがわからない悪循環がぼく達を取り囲んでいる。 「あのさ」  コンビニで買ってきた弁当を食べながら声をかけると、テレビを見ていた彼女がめんどくさそうに振り返った。  今までは二人で交代で食事を作って一緒に食べていたのに、崩壊はあっという間だ。 「なんか最近変じゃない? なんでそんなにイライラしてんの? 言いたいことがあるなら言えばいいじゃん」 「は? ないし。っていうか、イライラしてんのそっちじゃん。帰ってきてため息。ご飯を食べながらため息。聞かされるこっちの身にもなってよ」  そんなにため息ついていたって。ついていたかもな。毎日家に帰るのが嫌で仕方ない。  前は早く仕事を終えて帰りたかったのに逆だ。  家に居たくない。 「それは……悪かったな」  謝ったけれど彼女は何を言うでもなく、ふんっというように再びテレビの方を向いてしまった。  前は並んで映画を見ていたテレビも今では二人を隔てる道具でしかない。  彼女はいつの間に買ったのか大きなパンダのぬいぐるみを抱えながらこちらに背中を見せている。  その背中にはパンダの背中が書いてある。  家の中をみわたすといつの間にかパンダグッズが増えていた。  彼女の背中にもパンダ。腕の中にもパンダ。飲んでいるマグカップにも、え、まって、クッションとかスリッパとか見たこともないパンダグッズばかりなんですけど。  背筋がザワリとした。  まるであの日からパンダに浸食されているみたいだ。
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