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「なあ」
もう一度声をかける。
めんどくさそうに彼女は振り返る。
そのメイクはぼくの好きだったナチュラルで愛らしい彼女のものではなかった。
目の周りには深い隈が出来、キラキラとしていた瞳に力がない。まるで星でも瞬いているかのようなあの目が大好きだったのに。今の生気のないドヨリと濁った目をいつからするようになった?
「もしかして体調悪い? 何か悩みとか問題とか……なんでも相談してよ。今までだってそうしてきたじゃん」
「別に……」
「別にって顔じゃないだろ。それで仕事行ってるの? みんなに心配されない?」
「……仕事は、行ってない」
彼女は気まずそうにぼそりと答えた。
「なんか変なの。疲れて、でもイライラして。動きたくない。でも眠れなくて……あたしがあたしじゃないみたい」
それは久しぶりに聞いた彼女の声だった。
なんてことだ。
ぼくは表面的な変化にしか気がつかず、しかも全ての原因が彼女にあると心の中で罵っていた。なんだよ、ふざけんなよ。何度も声には出さないけど思い続けていた。
「ごめん……気づいてあげてなかった」
思わず背中から彼女を抱きしめた。
彼女に触れるのも久しぶりだった。
柔らかな彼女の肉体はまるで別人のように変わっていた。ギョッとしたのを悟られまいと強く抱きしめる。
「いつから?」
「わかんない……気がついたら……ふ、ふふふ」
その時だった。
彼女の口から低い笑い声が聞こえてきたのは。
「?!」
慌てて手を離すとそこにいるのは彼女出会って彼女ではない。うまく言えないけどそう感じる。
「何?」
彼女は挑発的な笑みを浮かべながら僕をあざ笑った。名前を呼ぶと「クフフフ」とまた小さく笑う。
「あたしはあたしよ」
「なんか……変だろ?」
「アタシハアタシ」
「おい」
「アタシヨ、アタシハ、アタシナノ」
彼女の背中でジーっと小さな音がする。
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