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いつの間にか気を失っていたらしい。
気がつくとカーテンの隙間から朝日がさして細い線を床の上に描いている。
なんだかものすごい恐ろしいものを見た気がするけどなんだったっけ……痛む頭を抑えながら辺りを見渡す。
「あ、おいっ」
すぐそばで彼女が床の上に倒れていた。
呼吸を確かめるでもなく、彼女の口からは深い眠りについている証が聞こえてくる。上下する胸を隠すのはキャミソールだけ。
あの服を着ていない。
脱いだのかと視線をさまよわせたけれどどこにもあのTシャツはなかった。
それよりも。
彼女の無事を確かめなければ。
「おい……」
彼女の身体なのに触れるのが怖くてほんの少しためらう。あの柔らかな肌が違うものになっていたら……いや、だけど確かめなければ。
ゆさゆさと揺り起こすと彼女が小さく呻いた。その声は彼女のものらしく少しだけホッとする。
あの時、ぼくはどうしたのだったか。
真っ暗な闇のようなものが這い出し……いや、違う。彼女らしきものだったのもしれない。ああ頭の中がぼんやりとして何も思い出せない。とにかく何かが起きてそしてぼくは。
人は耐えられない恐怖を目にしたとき、それを記憶から消すという。わが身に降りかかった怪異から逃れようと強く首を振った。
「なあ、起きろって」
何度もゆさぶると彼女がゆっくりと目を開け始めた。焦点が揺らいでどこか遠くを見ている。まさか、と息をのんでいるとしばらく虚ろだった視線がぼくを捉え柔らかな笑みを浮かべた
「そんな不安そうな顔をしてどうしたの?」
「体は? 何ともないか?」
「え? 身体……っていうか、寒っ、なんでこんな場所で寝てたんだろ……?」
よかった。いつも通りの彼女に戻ったみたいだ。
彼女は冷え切った二の腕を抱きしめるようにしながら体を起こした。そして部屋中に散らばるパンダグッズを目にして「パンダ好きだったっけ?」と聞く。
「嫌いだよ」
ぼくはおもいっきりしかめっ面をして見せた。
「大っ嫌いだ、あんな迷惑な奴」
「え? まさかの大嫌い発言? 可愛いのに」
「見た目だけだよ」
「そうなんだ? まあクマだしね」
彼女は自分の身に降りかかった災難を全く覚えていないらしかった。あのTシャツの事さえも。
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