5人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
それでいい。
あんな無差別な恐怖、二度と関わりたくもない。
「それよりなんかお腹が空いちゃった」
「OK、じゃあパンでも焼いてくるよ」
あの悪夢はこれで終了と思っていいのだろう。安堵の息を吐きながらキッチンへと向かった。
ぼくに背を向けた彼女の口元が歪に歪んだことに気がつきもせずに、彼女のための朝食を用意する。
「ジャムは何がいい?」
「そうだね、真っ赤な苺がいいな」
「了解」
例えば誰かが入れ替わったとしてもぼくたちは気がつくことができるのだろうか?
もし精巧に本物になりきられたとしたら?
「まさかな」
パンの焼け具合を見ながら、ちらりと彼女の様子を伺った。のんびりと座ったまま欠伸なんかしている。のんきなものだ。
出て行けと堂々と宣言していた物を可愛いと買ってきた彼女のセンスを疑いつつ、ふと思う。
もしかしたらあのTシャツはまたどこかで次の獲物を待っているのかもしれない。
今回は失敗したけど、もしかしたら着ている人を乗っ取ろうとしているエイリアンとかだったりして。もしくはそういう妖怪とか。
そこまで考えて、自分の思考回路に苦笑いした。
そんなバカみたいな話があるはずがない。
彼女の様子が少しおかしくて、それにつられて幻覚を見ただけだ。疲れていたのかもしれない。
今度の休みはふたりで温泉旅もいいな、ゆっくり休むかと思いながらトレイに食事を乗せた。
朝食を運んでいくと彼女がこちらを見て微笑んだ。
その瞳が真っ黒で何も映していない事にぼくは今度こそ息が止まるかと思った。
fin
最初のコメントを投稿しよう!