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賢治の鎖骨のほくろは冬の星座みたいだ。
ふとそんなことを思ったのも、電車が来ないせいかもしれない。
今朝、音信不通だった父親から連絡が入り、母親が亡くなったと報せを受けた。喪服は着てこなくてもいいと言われたから、ジャケットにスラックスという出で立ちで母の葬儀を終えてきたばかりだ。先程別れたばかりの父親と話した中で、些か疑問に思うところがあったのを思い出した。
「母さんの銀行口座を確認したら、二百万も預金してあったぞ、これはお前に相続させよう」
と、父親があっさりと言うものだから、春人は母親の借りていた部屋から銀行の通帳を見つけた。振込日は、春人が賢治と契約を結んだ翌日で、それから一度も引き落とされていない。もしかして例の親族に返していないのか、と良からぬ想像をしてしまう。それも、母親が晩年に一緒に暮らしていたおじいちゃんが香典を持ってきてくれた。春人がそれとなく問うと、
「いやぁ、お世話になりました、早くに亡くなって残念ですな、えっ? 財産贈与で親族と揉めたかって、ふざけたこと言わんといてくださいよ」
頬をつやつやとさせたおじいちゃんが豪快に笑ったのを思い出した。それならば、どうして母親が息子の自分に金の催促をしたのだ。それに手付かずのままだ。
それは賢治相手にも疑心暗鬼を生じる。春人は携帯電話を持つ手が震える。
「うん、電車で帰るから、大丈夫だよ」
『なんで手配した車で帰らないんだ、危ないだろうっ、お願いだから今すぐタクシーでもいいから』
通話先の賢治は不安げに声が揺れていた。
「だから大げさなんだよ、じゃあ、またね」
春人は一方的に通話を切った。賢治の見境ない嫉妬にはほとほと呆れる。一人の時間くらいいいだろうに。賢治との契約が続いているのなら、自分の行いは規約違反だろう。そもそも契約書なんて作成していない。全部、賢治がその場の気分で決めることばかりだ。いちいち付き合っていたら、こちらが参ってしまう。
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