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大奥様の死
大奥様の孫は三人とも男の子だった。長子の幸助はたびたび祖母の見舞いにやってきたが、下の二人は離れに顔を見せることはなかった。
これは年上の女中達のお喋りで知ったのだが、幸助は名主の前妻の子で、前妻が亡くなったあと今の奥様が後添えに入り、下の二人を産んだのだという。
言われてみれば、奥様は幸助にはよそよそしく接し、下の二人ばかりを溺愛していた。
継母の愛情を受けられない幸助だったが、大奥様やお民から深い愛情を注がれ真っ直ぐ成長していた。
幸助は紗代より少しだけ年上で、賢そうな顔の優しい気性の子だ。弟達のようにちゃんばらごっこをやるより、書庫の本を読むのを好んだ。
祖母のお座敷に来ては、美味しいおやつを紗代に分けてくれたり、祖母と紗代に草双紙を見せてくれたりした。
ある日、幸助が母屋に戻っていき、幸助が飲んだ茶碗を片付けようとしていると、紗代の懐から鈴が落ちてリンと鳴った。
父を亡くした時に拾った、あの鈴だった。
すると床からそれを見た大奥様が真っ青な顔をした。
「お紗代、それはどうしたんだい?」
「これは……」
父親が流されたしばらくあと、泥の中から見つけたと話した。
なんとなく、それが父の形見のように思えて、紗代は肌身離さず持っているとも。しかし……。
「いけないよ。それは私に寄こしなさい」
いつもは優しい大奥様がそう言って、病人とは思えない強い力で紗代の鈴を取り上げた。
「あっ」
大奥様の顔があまりにも真剣で怖かったので、紗代は言い返せなかった。
大奥様は紗代が十二の年に亡くなった。
これで自分を守ってくれる人はいなくなった──。
悲しみが紗代を襲った。
弔いが済むと、紗代は主の恩情でそのまま女中として残れることになり、離れから母屋の女衆の部屋に移った。
「紗代、これからはお前の名は“りん”だ」
その夜、家族や使用人が揃った中で、名主から言われた。
この家では、代々の使用人頭は長吉と呼ばれていた。名前を変えろと言われて主人に文句を言えるわけはないし、“長吉“と同じことかと紗代は納得した。
それに“りん”はあの綺麗な姉さんと同じ名だ。これも何かの縁だと思った。
気になったのが、その場に幸助がいないことだった。
次の日、紗代はお民を手伝って、大奥様の遺品の整理をした。その時に大奥様の手箱の中に、紗代が拾った鈴があるのを見つけた。
(もともと私の物だったんだから)
これは盗みじゃないと自分に言い聞かせ、紗代はその鈴をそっと懐に忍ばせた。
同僚となった梅は相変わらず意地悪だったが、それでも居る場所があるのは幸せなことだった。
なぜか紗代は梅と違い、下働きはさせられなかった。
「あんたは見映えもいいし、賢いからね」
そう奥様に言われて、紗代は奥様付きになった。
たまに梅に言われて汚れ仕事をしていると、奥様やほかの女中が止めに来た。
「りんや、あんたはそんなことをして肌を痛めたらいけないよ」
そういったことも梅の意地悪の理由になったのだが、奥を束ねるお民の厳しい目があるし、紗代も賢くなっているので、そう酷い目には合わずに済んだ。
そうやって、紗代は新しい名にも生活にも慣れていった。
紗代が泣かなくなったからか、雨の日に白藤色の着物の女が現れることはなくなっていた。
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