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はぁっ…はぁっ……はぁっ……
自分の呼吸の音が、うるさいくらいに響く。
足を動かそうという意思はあるものの、ちゃんと前に進んでいるのかすら、最早わからない。
乾いた大地の砂埃がが風に煽られて、肌に、喉に貼りついてくる。
「早く、早く知らせを届けないと……」
そうしないと、俺たちの町が、全滅する。
俺たちは、戦に、負けた。
負けるとは到底思えなかった戦いに、負けた。
このままでは、敵の連中が俺たちの町を飲み込み、人々を虐殺するだろう。
そうなったら彼女は、美しいマトゥラはどうなってしまうのか。
奴らが彼女の美しさに目を止めないわけがない。あの野蛮人どもに慰み者にされ、ボロボロにされたあげく殺されるか。または彼女自身が尊厳を守って自害するか。
その想像は、動かなくなりかけていた俺の足を、再び歩き出させることに成功した。
ここまで、何度もその思いだけが俺の足を動かしてきたのだ。
「マトゥラ、待っていてくれ! どうか、生きていてくれ!」
俺の左足は、すでにつま先が黒く変色していた。早く切断してしまわないと、毒が全身に回るだろう。
「全ては町に着いてからだ。町に着き、負け戦を知らせ、町の人々が避難してから。マトゥラの無事を確認してからだ」
その後なら、思い残すことは、ない。
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