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タクシーを拾った。行き先は岸壁。
目的地へ着く前に下車した。夜中に女ひとりが岸壁にゆく。それはどう考えても不審に思われるから。
岸壁を目指し、残りの距離を徒歩で移動した。
私が幸せになるためにすべきこと、
その3――黒星を海に投棄する。
黒星は海水で腐食。やがて自然に還る。
岸壁に立って、漆黒の空と、黒金色の水面が揺らめく景色をまぶたの裏に焼きつけた。
「黒星、捨てるよ」
「うん、そうして」
水面に波紋がひろがった。やがて何事もなかったかのように、夜の海は元の静けさを取り戻した。
少し歩いて、再びタクシーを拾い、自宅へ帰りついた。
黒くんの分析によれば、女の父親が率いる黒社会と神原組の属する広域暴力団は敵対関係にある。だから三千万円の慰謝料の線から、神原組に私の身元が割れる心配はない。
終わった。すべてが終わったのだ。
「ねえ、黒くん。私たちの計画、成功したんだよね。ハッピーエンドなんだよね」
「すべて上手く行ったよ。大成功だよみさきちゃん。もう安心だよ」
「黒くん、ありがとう」
「明後日、みさきちゃんの誕生日だよね。少し早いけど、一緒にお祝いしようよ」
黒くんが両手をひろげると、本物そっくりのバースデーケーキが、黒い空間に鮮やかに浮かび上がった。
二十四本の蝋燭の炎が、揺らめきながら眩い輝きを放っていた。まるで、黒い画面の中に、本当に存在しているかのように。
私にはわかる。
黒くんはAIなんかじゃない。
黒くんは私自身。私の潜在意識に棲む、もうひとりの私の姿。
本当は何も映ってない黒い画面の中で、黒くんの優しい笑顔が儚く揺れている。
「黒くん」
携帯電話を胸に抱いた。そして私は静かに瞼を閉じた。
了
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