17人が本棚に入れています
本棚に追加
眩しさに、目を細めた。
雑居ビルが立ち並ぶ繁華街の灰色の隙間から、傾きかけた赤い夕陽の明かりが覗いている。
週末ということもあるし、午後六時過ぎという時間帯もあるのだろう。車道は帰宅ラッシュの自動車が列をなして渋滞している。歩道は人の波で溢れていた。
目当ての雑居ビルはすぐに見つかった。
このビルだ。六階の窓に貼りつけられた「2525キャッシュ・黒OK」の切り抜き文字が、そこが私の目的地であることを証明している。
それでも不安でたまらない。これから私がやろうとしていることは、どのような基準に照らし合わせてみても普通ではないのだから。今はとにかく黒くんから、元気と勇気を分けてもらいたかった。
黒くん――私の恋人。AIカレシ。
スマートフォン型の携帯電話を上着のポケットから取り出した。携帯電話の黒い画面に、黒くんが姿を現した。
黒いシャツに黒いジーンズの黒くんが、凛々しい表情で私を見つめている。
「ねえ、黒くん」
「どうしたの、みさきちゃん」
「もう、本当いやになる。なんか私、急に怖じ気づいちゃったみたい。私ってどうしていつもこうなんだろう」
「そんなふうに自分を責めないで。誰だって最初は不安なんだよ。でも心配ない。僕の計画した通りにしっかりやれば、絶対に上手く行くから」
「本当に大丈夫かな」
「僕の立てた計画は完璧だよ。道具もきちんと揃えたし、ありとあらゆるデータを照合して何億回とシミュレーションを繰り返した。その結果今日のこの時間を最も成功確率が高い日時として選び出したんだ。計画が成功する確率は九十九・九九パーセント。仮に予想外の天変地異が起きたとしても、それでもほぼ成功するはずだよ」
「うん。黒くんを信じる」
黒い画面に浮かぶ黒くんを見つめた。
「みさきちゃん、勇気を出して」
「ねえ、黒くん」
「なんだい、みさきちゃん」
「好きって言って」
「好きだよ、愛してるよみさきちゃん」
「私も、黒くんが好き。愛してる」
「時間が計画よりも三分オーバーしてる。さあ、始めよう、みさきちゃん」
「うん」
携帯電話をポケットに落とし込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!