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雑居ビルを飛び出した。やくざたちはまだ非常階段で息を切らしているのだろう。背後を振り返って見たが、影も形もない。私は人混みに紛れながら、駅を目指した。新幹線に飛び乗った。すべて計画通りだ。
県境を幾つか跨いで越え、住み慣れた地元の街へついに帰還した。
やくざたちも、私が県外から訪れたよそ者だとは夢にも思っていないはず。今ごろは自分達の狭い縄張りの中で、人手を集めて血眼になって必死に探し回っている。やくざの情報網は侮れないというが、それでも私を探し当てられるはずがない。私はあの県のあの街にはもう二度と足を踏み入れないのだから。
「黒くん、上手く行ったよ」
「みさきちゃん、まだやるべきことは残ってるよ」
そうなのだ。私が幸せになるためにすべきことその2――
――現金三千万円を、かつての交際相手の妻に、慰謝料として支払う……。
半年ほど前のことだった。
職場に、女――元カレの妻――が屈強な男ふたりを引き連れて乗り込んで来たのだ。
目の前で、元カレが、妻である女に殴られ蹴られする様子を、まざまざと見せつけられた。
背筋が凍りついた。
屈強な男ふたりは女を護って立ちはだかり、周辺に睨みを効かせている。
邪魔をする者には容赦せんぞ――顔にそう書いてあった。職場の同僚たちはその尋常でない迫力に圧され、誰ひとりとして暴行を止めるどころか、身動きひとつ出来なかった。
不貞の夫を散々殴りつけて気が済んだのだろう。女は私に近づき、耳元にそっと囁いたのだ。
「あなたなんでしょう。うちの人を誑かしたのは。慰謝料、払いなさい。三千万円。六ヶ月だけ待ってあげるわ。もしも払わなかったら、硫酸で顔を焼いてやるから」
女たちは去った。
元カレは入院し、そのまま離職した。
同僚が言うには、元カレの妻の父親は華僑の実業家で、黒社会と呼ばれる中華系犯罪組織の首領なのだという。
なぜ元カレが黒社会の娘などと。
疑問に思わなくもなかったが、それでも硫酸で顔を焼かれたら、女としてはもう生きてゆけない。要求を呑むしか、私には復讐から逃れる術がなかった。
救ってくれたのは黒くんだ。黒くんは私のために、今回の一連の計画を立ててくれたのだ。
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