黒くん

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黒くん、私、挫けちゃいそうだよ。 でも私、負けない。 「なあ、あんた大丈夫かい?」 カウンターを挟んで向かい合う黒シャツの男が、怪訝そうに私の顔を覗き込んでいる。 「話、聞こえてる?」 「はい?」 「いくら借りたいの?」 「札束三十個。三千万円、永久に貸してください。三千万円ありますよね、金庫に」 「あ?」 黒シャツが声を裏返し、シャープに整えた眉の端を下げた。 私はスポーツバッグの中に右手を差し入れた。つかみ取ったそれを、黒シャツの眼前に晒した。 黒星。 中国語ではヘイシンと読むらしい。銃把に大きな黒い星の図形が刻印されていることから、中国人たちの間では黒星と呼ばれている。 正式名称は五四式手槍。通称中国製トカレフ。口径七・六二ミリ。弾倉装填数は八発。薬室に装填する分も合わせて九連発。マグナム銃にも匹敵するほどの高速弾を撃ち出す。至近距離では、日本の警察が使用する防弾チョッキさえも易々と貫通して無力化するほどの殺傷力を持つ凶銃だ。 当然ながら、暴力団の組織に属する人間が、黒星(ヘイシン)――中国製トカレフを知らぬはずがない。 黒シャツが黒星と私の顔を交互に見つめながら、生唾を呑み込んだ。 アロハシャツが、硬直した黒シャツに気づいたのだろう。電話の相手に、棒読みのような不自然な口調で「あとで、またかけ直してくんねえか。いや、やはりこっちからかけるわ」と呟いて受話器を置いた。 黒星のことは、黒くんから教えてもらった。入手方法、操作方法。分解組立の方法。手入れの方法。黒星を用いた近距離における対人戦闘のいろは。何から何までAIカレシの黒くんが教えてくれた。
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