あなたと二度目の恋

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「すみません。これって、置いてますか?」 「いやあ、うちにはないね。代わりに新しいやつが出てるけど、それは――」 「あ、ほかで探してみます」  商店街にある文房具店。  外に出ると、自然にため息が出た。  私は、一つのボールペンを握っていた。 「……君は、どこに売ってるんだ」  来年の大学入試に向けて、私――立花朱音は毎日必死に勉強している。  今の偏差値よりも高い学校を受験する予定で、一分一秒も無駄にできない。  なのに今日はもう、四つ目の文房具店を廻っていた。  その理由は、この壊れたボールペンだ。  何気なく使っていたただの黒いペン。だけど、妙にグリップがしっくりくる。  けれども酷使しすぎたせいか肝心の会社名や名前が消えていて、同じのが欲しいのに置いていない。  妥協して別の物を購入したが、同じものが欲しいなと思い始めてからは気になって集中が出来ない。  少しだけ太くて、でも細いような。  ネットで探したけれど出てこないし、検索ワードをしようとしたが、書き方がわからない。  大手文房具店も廻ったけれど、新作がいっぱい出るので覚えていないらしい。  だから街の小さな文房具店を廻っていた。    ただ、誰も見たことないし、知らないし、ほかのにしたら? と当然なアドバイスをくれる。 「……諦めたくない」  初めは気軽な気持ちだった。  でも、二店舗、三店舗と廻るうちにどうしても欲しくなった。  ……そうだ。  この商店街を真っ直ぐいったところに小さな文房具店があった。  母校である中学校の近くだ。  そこへいってみよう。  ……見つかるといいなあ。 「わかりませんねえ。結構覚えているほうなんだけどねえ」 「そうですか。わかりました。ありがとうございます」  新しいボールペンはどうですかと言われなかったけれど、やっぱり見つからなかった。  なぜ、なぜ見つからないのか。  諦めて帰ろうかなと思っていたら、母校が目に入った。  懐かしい。そういえば、花壇はまだあるのだろうか。  裏手に回ってフェンス越しに眺める。  色とりどりの花が、そこに並んでいた。  懐かしい。まだあるんだ。  ……先生、いるのかな。 「――立花さん?」 「え?」  フェンス越しに目が合う。ワイシャツのすそをまくって、眼鏡が素敵な――山中先生がそこに立っていた。 「は、はい。お久しぶりです」 「うわ、びっくりした。どうしたの? 大人っぽくなったね」  突然の出来事に驚きながらも、大人という言葉に心臓が揺れた。  どういう意味なのだろうか。可愛くなった? 綺麗になった? ……老けた?  いや、流石にそれはないと思いたい。 「先生、まだお花が好きなんですね」 「そうだね。相変わらずだよ。高校はどう? といっても、そろそろ大学受験だよね」 「は、はい! そうなんですxxxxを受ける予定で……」 「え? そうなの? びっくり。僕と同じ大学なんだ」  心臓が、どくんと揺れる。 「え、そ、そうなんですか!?」 「うん。びっくりだよ。勉強ははかどってる?」 「私もびっくりしました。順調です! と、言いたいところなんですけど……実は、ボールペンが見つからなくて」 「ボールペン?」  いきなり何を伝えているんだと思ったが、私は、右ポケットのボールペンをフェンス越しに手渡そうとした。  しかし、良かったらこっちにおいでと言われて、裏門から中に入っていく。  網目模様から見える先生も良かったが、やっぱりこうして遮るものがないと相変わらず格好いい。  学生時代……私は、先生のことが好きだった。 「背、伸びたね」 「え、あ、そうかもしれません。ええと、4センチほど」 「ふふふ、いいね。それで、ボールペンは?」 「あ、こ、これです! なんか、会社名とか全然どこにもなくって、何もかもわからないんですよね。手にしっくりくるから、同じのが欲しくって」  私の手から受け取った先生は、ボールペンを間近で見る為にメガネを外した。  心臓が、またまた揺れる。  眉をひそめて、真剣な表情を浮かべていた。  先生は真面目だ。昔からずっと。  私が――好きだと伝えたときも。 「……これ、知ってるかも」 「え?」   ◇ 「やっぱり、記念品だよこれ」 「……いっぱいある」  一階の準備室に移動した私と先生。  箱から引っ張り出してくれたのは、何とまったく同じボールペンがいっぱい。  全部、会社名は書いていない。 「記念品って?」 「何だったかな。創立記念日みたいな感じだったんだけど、結局時期がズレてたみたいな感じで、発注だけしたんだよね。もしかしたら採点してるときにそのまま立花さんにあげたのかも。僕か、他の先生なのか知らないけれど」  それを聞いて、私はドキッとした。  中学三年生の頃、私はよく先生に勉強を見てもらっていた。  確かにその際、ボールペンをもらったような気がする。  なんで……忘れていたんだろうか。 「受験は来年だよね?」 「は、はい」 「んーじゃあ、10本ぐらいで足りるかな?」 「え、こ、も、もらっていいんですか!?」 「大丈夫だよ。まあでも、内緒でね」  そう言いながら、屈託のない笑みを浮かべる先生。  でも、私は首を横に振った。 「だ、大丈夫です! そ、それで誰かにバレて、先生が懲戒免職になって、新聞なんて載ってしまったら大変なので!?」  私が焦った様子で答えると、先生は笑った。 「あはは、真面目な立花さんらしいね。でも、大丈夫だよ。合格してほしいから。ね」 「……わかりました」  結局私はボールペンを10本もらってしまった。  鞄に入れて、それでまた先生の顔を見ると、満面の笑みを浮かべている。  あの時の笑顔のままだ。  私が、好きだと伝えたときの。  ……ああ。 「ありがとうございます。私、勉強してきます」 「え? あ、ああそうだよね。うん、頑張ってね」 「はい! ――先生」 「どうしたの?」 「ずっと、先生でいてくださいね」 「ふふふ、そうだね」  それから私は急いで帰宅した。  新しいボールペンを10本。  そして、インクのないボールペンが一本。  ……絶対に合格しなきゃ。  月日が経つのは早かった。  すぐに入試がきて、そして無事に合格。  私は、教育学部に進んだ。  それから数年後、私は――母校を訪れていた。 「失礼します」 「――こんにちは、見違えるようだね」 「とんでもないです! 本日はよろしくお願いします――山中先生」 「はい。立花先生」  私は、大学の教育実習でこの学校を希望した。  理由はまったくもって不健全で、教育にはふさわしくない。  先生はわかっているだろう。それでも、何も言わずに笑顔で迎えてくれた。  授業は楽しかった。でも、大変なだった。  先生は、相変わらず優しかった。  一か月二か月、三か月が過ぎた。  私の実習が終わる。  そして最後の日。私は、先生がいる花壇のところで声をかけた。    あの日と、同じ。 「先生」 「どうしたの?」 「……すみません。こんな、ストーカーみたいな真似をして」 「何が?」 「私、好きだっていいましたよね。それで先生は、ごめんなさいっていったのに、こうやって……こんなところまで……引いてますよね」  すると先生は立ち上がって、私に歩み寄ってくる。  満面の笑みだった。 「そんなことないよ。あの時も伝えたけれど、好きだって言われたのは素直に嬉しかった。でも、僕たちは先生と生徒だからね」 「……はい」  やっぱり優しい。私は謝りたかった。  そして気持ちを改めて伝えようとした。だけど、もうそれはダメだと悟った。  これ以上、迷惑はかけられない。 「でも、今は違うよね」 「……え?」 「帰り、一緒にどう? 良かったら実習終わりの打ち上げでも。――もちろん、お酒はなしだけど」 「いいんですか?」 「だって、今日で実習は終わりだからね。次会うときは、同じ先生だと思うし」 「……はい! 是非、行きたいです」  先生は満面の笑みを浮かべていた。  まだまだ私は、先生を諦められそうにない。
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