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「そろそろ煮えてきたかな」
鍋の蓋を持ち上げ、リョウが確認する。
「ちゃんと食べられるもの入れてる?」
「そりゃこっちのセリフだ」
僕の言葉に、リョウが笑った。
闇鍋に明確なルールはないらしい。明かりを消して、各々持ってきた食材を入れて、食べる。完食することが第一なので、食べられないものは入れない。一度箸をつけたものは必ず食べる。僕は辛いものが苦手だから、リョウもその辺は分かってくれていると思う。
真っ黒な汁の中からまず僕がすくい上げたものは、細長い筒のようなものだった。茶色いそれを噛んでみると、パリっと皮が破ける感触とともに、肉汁が口の中に広がる。ソーセージだった。イカスミにまみれていると、一見なんだかわからなくて面白い。
「うげ、なんだこれ」
リョウの方を見てみると、真っ黒な麵のようなものをすくいあげていた。
「マロニーかな」
僕が持ち込んだものだ。イカスミを吸い込んで、真っ黒に染まっているので、得体の知れない何かに見えた。見ようによっては髪の毛のようで不気味ではある。
恐る恐る彼がそれを口に運び、すする。ゆっくり、慎重に咀嚼をして、飲み込んだ。
「食えるな……」
「そりゃそうだよ」
「見た目よくわかんないから怖いんだよ……」
次に僕らが取ったのは、何やら柔らかい塊だった。肉のようだ。やはり黒い液体にまみれたそれは、何の肉なのだか判然としない。
口に含むと、鶏肉のような弾力で、けれど味はそれとは違う。なんだろう、不思議な味がする。少し魚のような感じもする。
「何これ、食べたことない」
僕が呟くと、リョウがにやりと笑った。
「今回いろんな肉が手に入ったからな。だから、全部混ぜたら面白いんじゃないかってさ」
悪戯っ子のように笑って見せるリョウに、合点がいく。なるほど、食べてみてのお楽しみ、か。
「例えばどんな肉が入ってるの?」
「珍しいところだと、ワニ肉とか」
ワニ。なるほど、確か鶏と白身魚を足して割ったような味だと聞いたことがある。今食べたのがそれだったのだろうか。
「あとはダチョウだとか、羊だとか、カエルとか」
カエル、と聞いて少しむせそうになる。あれも鶏肉のようだと聞いたことはあるが、怖くてまだ食べたことはない。
「本当にいろんな肉があるんだね」
「それ目当てで働いてるところあるからな」
言いながら、リョウも肉を口に運んだ。大きな肉屋でバイトをしているリョウは、たまに変わり種の肉を手に入れては僕とヒトミに振舞ってくれたものだ。最初はろくに料理もできなかったくせに、いつの間にか肉の捌き方まで覚えたというのだから大したものだ。ついには業務用の冷蔵庫まで買ってきて、ヒトミに怒られていたことをよく覚えている。
多種多様な肉に舌鼓を打ちながら、僕はぽつりと尋ねる。
「警察からは、連絡はないの?」
その言葉に、リョウは顔を曇らせた。
リョウの彼女、ヒトミがいなくなってもう二週間だった。
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