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「せっかくの鍋も食えなくて、あいつももったいねーよな」
「そうだね、きっとあとで知ったら怒るよ。なんで私に黙って勝手にー、ってさ」
「どっちが勝手なんだか」
そう言いながら鍋に箸を伸ばそうとするが、するりと何も掴めずに箸が戻ってきてしまう。気づけば具材は随分と少なくなっていた。二人でも結構食べられるものだ。
「もうこんなに減ってたか。まだまだ肉あるからさ、どんどん食べてくれよ」
言いながらリョウが立ち上がり、冷蔵庫へと向かう。
食材を手にした彼は、再び部屋の電気を消した。
「何、まだ闇鍋?」
「せっかくだからな」
「じゃあ僕も追加しないと」
手さぐりで持ってきた材料を掴み、そろそろと鍋の中へと入れる。目の前で、リョウも何やらどぼどぼと入れていた。今度は何の肉だろうか。
それにしても、随分と肉々しい鍋だ。二人で食べきれるだろうか。
「野菜はないの?」
「男同士で食うなら肉だろ」
「それもそうだけど、さすがに食べ疲れるよ」
「そう言うなって、一人じゃ食べきれなくてさ」
リョウが乾いた笑いを零す。ヒトミと食べる予定だった、とでも言いたげに。けれど、きっとヒトミがこれを食べることはできなかっただろう。
具材を入れ終え、リョウが再び電気をつける。鍋がまた煮えるまで、少し時間がかかるだろう。ふと見れば彼のグラスが空いていたので、とっておきの日本酒を注いでやった。
「これ、結構高いやつじゃないか?」
「せっかくだからさ。奮発しちゃった」
「悪いな」
こちらはまだ残っていたビールで乾杯をする。ぬるくなったビールは、なんとなく苦みが増している気がして、いまいち進まない。まるで鉄みたいだ、なんて考えている内に、鍋がくつくつと波打ち始め、僕らは再び鍋をつつき始める。
口の中に、ぐにょり、という、まるでゴムのような食感。先ほどまでの肉とはまた打って変わった、これは。
「ホルモン?」
尋ねると、正解、とリョウが笑った。
「新鮮なのが手に入ったから、どうせなら、ってさ」
ホルモンは鮮度が命らしい。先入観からあまり食べたことがなかったが、なるほど、面白い。肉とは違った不思議な味がする。少々脂っこいけれど、それがまたいい。クセになりそうだ。
そうして僕は次々と肉を口にしていく。結構な量を食べているが、肉は黒い鍋の向こうからまるで無限に湧いてくるようだ。口に入ってきたのは、牛のような、いや羊だろうか。酒が進んでいることもあるだろうが、あらゆる肉が混ざり合ったせいで、もはや何の肉だか分からない。きっとリョウでも何を食べているのか分からないに違いない。
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