愛妻家Tは事故死後も妻を見守る

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 それからまた、十数年の時が過ぎ。  少年は立派な青年になった。  背も伸び、体つきもしっかりしてきた彼は。  今も変わらず、ふらりと雑貨屋に立ち寄っては、紗那の話し相手になったり、店の仕事を手伝ったりしている。  紗那にとって彼は、息子のようでもあり、孫のようでもあった。  血の繋がりはなくとも、お互いのことを心から大切に思っていた。  そんなささやかな、幸せに満ちた日々にも。  等しく終わりは訪れる。  紗那は接客中に発作に襲われ、救急車で病院に運ばれた。  もともと、胸部に疾患があったのだという。病院に着いた時には、手遅れの状態だった。  駆け付けてきた青年から、紗那は天涯孤独の身の上だとの説明を受けた医師は、紗那の最後を看取ることを、特別に彼に許した。  青年は深々と医師に一礼し、彼が病室から出て行くのを確認すると、ベッド脇のパイプ椅子に腰を下ろす。  もう、ほとんど意識はないようだった。  目を閉じ、息をしているのかしていないのか、見ただけではわからないほど、静かに眠っている。 「……紗那」  辛そうにまつ毛を伏せ、青年が彼女の名を呼んだ。  彼が彼女のことを下の名で呼ぶのは、その時が初めてだった。  当然だろう。  幼い頃からの知り合いとは言え、五十ほど年齢差のある二人だ。どんなに近しい間柄だったとしても、下の名――しかも呼び捨てなどあり得ない。敬称くらいは付けるはずだ。  それでも青年は、七十はとうに過ぎているであろう老女のことを、愛しげに『紗那』と呼んだ。  それだけではない。  彼の表情や口調からは、特別な感情――深い愛情のようなものが感じられた。
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