愛妻家Tは事故死後も妻を見守る

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「呼んだか?」 「わあッ!?」  いきなり目の前に死神が現れ、司はギョッとして声を上げた。  声も出さずに呼ぶことができるのだろうか? それにしても神出鬼没すぎやしないかと、司は目を丸くした。  死神は、うろたえる司のことなどお構いなしで、淡々とした口調で訊ねる。 「もう未練を断ち切ったのか? 思ったより早かったな。まあ、こちらとしては、その方が都合がいいが」  死神は大鎌を振り上げ、司に向かって振り下ろそうとした。  司は慌てて両手を前に出し、 「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 完全に未練を断てたわけじゃないんだ!」  死神の行動を止めようと、必死に訴える。  死神は『なんだ、違うのか』とつぶやき、鎌を下ろした。 「こちらも忙しいんだ。気軽に呼ぶのはやめてくれないか」 「は、はいっすみません! 心で思っただけで迎えに来てくれるなんて、知らなかったものですから」  司はひたすら恐縮し、ペコペコと頭を下げる。  死神はフンと鼻を鳴らし、『わかればいい。次こそは、完全に未練を断ち切ってから呼ぶんだぞ』と言い残し、再び姿を消した。 (ハァ。……危なかった。もう少しで、連れて行かれるところだった)  司は冷や汗を拭い、安堵のため息をついた。  自分がいなくても大丈夫そうだとしても、そう簡単に踏ん切りがつけられるものでもない。  出来れば期限ギリギリまで、紗那の側にいたかった。 (約束を破って先に死んだクセに、勝手かもしれないけど……。もう少しだけ、側にいさせてもらうよ)  そんなことを思いながら、司はダイニングに視線を移したが、そこに紗那はいなかった。  彼女はとうに夕食を終え、キッチンに立って、鼻歌を歌いながら皿洗いをしていた。
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