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ふいに、ハッとしたように顔を上げ、小刻みに震える指先で蓋を開く。
すでにネジが巻かれていたのか、美しいメロディが流れ始めた。
紗那は胸の前に片手を当てると、うっとりと聴き入るように目を閉じる。
オルゴールが奏でるメロディは、紗那の大好きなクラシックの名曲。シューマン作曲の『トロイメライ』だった。
優しい調べに聴き入っている紗那の肩越しに、司は彼女の顔を覗き込む。
彼女の目尻からは、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
「ありがとう、司くん。覚えててくれたんだ」
紗那がしみじみした口調でつぶやく。
「これって、新婚旅行の時に私が一目惚れしたオルゴールでしょう? 見惚れながらオルゴールの音色に聴き入ってたら、『それ、気に入ったの?』って訊いてくれて。でも値段を確かめたら、意外と高価で。司くん、『そんなにするんだ?』って、目をまん丸くしてたよね。あの頃は結婚したばかりで余裕なかったし、無理してほしくなくて、『好きな曲だったから、聴き惚れちゃってただけ。欲しいわけじゃないの』って、慌てて否定したけど……」
そこまで言うと、紗那は『うっ』と声を詰まらせ、嗚咽を漏らし始めた。
司は彼女の肩を抱き寄せようと手を伸ばすが、もちろん、触れることは出来ない。
もどかしさに唇を噛み締めると、紗那は涙で濡れた頬を指先で拭い、健気に笑顔を作った。
「ちゃんとわかっててくれたんだ? 『欲しいわけじゃない』って、私が強がってたこと。だからあの時のお店調べて、結婚記念日に間に合うようにって、このオルゴールを贈ってくれたのね?」
紗那は涙で潤んだ瞳で空を見上げ、切なげに微笑む。
その視線の先にいる司は、彼女に認識されていないことをわかっていながらも、照れ臭そうに微笑み返し、小さくうなずいた。
紗那は笑っていた。
笑ってはいたが、目尻からは再び涙が溢れ、幾粒も頬を伝い落ちていた。
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