愛妻家Tは事故死後も妻を見守る

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「そろそろ、覚悟を決めろ。おまえの魂を、現実世界から切り離し、あの世に連れて行かねばならん」 「あの……世?」 「そうだ。この世とは、全く異なる世界だ」  司はゴクリと唾を飲み込んだ。  それはつまり、もう二度と、紗那や和樹に会えないということか。  理解したとたん、胸の奥から悲しみが込み上げて来た。  いつも紗那が言っていた、『絶対に、私より先に逝かないでね』という台詞が、脳裏をよぎる。 「紗那……。俺、どうしたら……」  司の目から涙が溢れ出した。 「どうしようもない。このままだと、おまえは消えてしまうんだぞ」 「でも、俺……紗那と……妻と約束したんです。絶対に、妻より先に逝かないって。約束……約束したのに……」  泣き崩れる司の前で、死神は大鎌を振り上げた。 「では、こうしよう。ひと月だけ、おまえに時間をやる。その間に、妻への未練を断ち切れ」 「未練を、断ち切る……?」 「そうだ。それが出来なければ、おまえは成仏することなく、現世に留まり続けることになる。おまえの妻が逝った後も、永遠にな」 「そんな……!」 「それが嫌なら、ひと月のうちに、妻への未練を断ち切るんだ。そうすれば、おまえの魂は輪廻の輪に戻り、生まれ変わることができる」 「…………」 「さあ、早くしろ! もう時間がないぞ!」  死神は鎌を構えながら怒鳴った。 「……わかりました。ひと月でもいい。紗那の側にいます」 「未練を断ち切れるんだな?」 「……努力、します」 「フン。煮え切らない答えだが、いいだろう。妻の元に戻してやる」 「ありがとうございます!」  司は深々と頭を下げた。 「忘れるなよ、期限はひと月だ。一秒でも過ぎたら、おまえの魂は消滅するまで、この世をさまようことになる」 「はい。ひと月ですね。わかりました」  死神は大鎌を一振りすると、そのまま姿を消した。  司の幽体は、しばらくその場に留まった後、紗那の元へ向かった。
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