愛妻家Tは事故死後も妻を見守る

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 その様子を、司は少し離れた場所から見守っていた。  何事もなかったかのように、黙々と食事を続ける紗那を。  司がいないことを気にも留めていないように、薄く笑みなど浮かべながら食べ続ける紗那を。 (嘘だろう? もう立ち直ったって言うのか?)  司は信じられない気持ちで、目の前の光景を見つめていた。  つい先ほどまで、魂が抜けたような状態だった紗那が。  今は、普段と変わらない様子で夕食をとっている。  憑き物が落ちたかのような、晴れやかな表情で。 (いくらなんでも、気持ち切り替えるの、早すぎやしないか? 俺の葬式って、今日だったんだよな?)  司は呆然としながら、自分の身体を見下ろした。  半透明の頼りなげな幽体が、ふわふわと宙に浮かんでいる。 (いつも、『私より先に逝かないでね』なんて、心細そうな顔で言ってたから、心配で来てみたのに……。なんだ。現実はこんなものか。紗那は、俺がいなくても平気なんだな。……なんだ)  司は『うん、美味しい』『我ながら上出来ね』などと言いながら、片っ端からおかずを平らげて行く紗那を、複雑な気持ちで眺めていた。  彼女が泣いていなくてホッとした部分も、確かにあったけれど。  自分がいなくなっても、こんなすぐに立ち直れてしまうのかと、寂しくてたまらなかった。 (結局俺は、紗那にとって、かけがえのない存在ではなかったってことか。……なんだか虚しくなって来たな)  紗那の元にいられるのは、ひと月という約束だ。  一秒でも期限が過ぎれば、司は輪廻の輪に戻れない。 (紗那が平気だっていうなら、俺がここに留まる理由もない……か。死神に頼んで、連れて行ってもらおうかな?……でも死神って、どうやって呼び出すんだ? 呼べば、すぐ来てくれるのか?)
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