思い出語り。

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「その辺適当に座ってて、今着替え用意する」 「すみません、お邪魔します……」  月瀬弥白の家はそこから徒歩数分、本当にすぐ近くのアパートだった。  芽依菜とのお別れなんて非日常がこんなにも身近な生活圏内で行われるなんて、どんな気持ちなのだろう。  きっとこの先、雨が降る度にこの日を思い出す僕と違って、彼は否応なしに、彼女との別れがすぐ間近に感じられるのだ。それには少しばかり同情した。 「雪宮は、メイと幼馴染みだったんだろ?」 「あ、はい……うちの両親と芽依菜の母親が同級生だったらしくて、小さい頃からよく家族ぐるみで遊んでいて……」 「へえ、いいな。俺はあいつと出会ったの高校に入ってからなんだよな……」  通りでこんなに目立つ彼を知らない訳だ。僕は中学まで彼女と一緒で、高校は離れてしまっていた。  我ながら自分勝手ではあるものの、もし彼女と添い遂げられる未来があるならと、密かにそんな将来を思い描いて少しでも良い高校に進学したかったのだ。  そんな風に離れてしまった先で、他の男に幼馴染みである僕の話をしてくれていたのかと、知らなかった彼女のことを聞けて、僕はつい口許が緩んでしまう。 「高校の時の芽依菜は、どんなでした? いくら幼馴染みでも、別の学校になっちゃうと中々会う機会もなくて……」 「そっか。メイはな、生徒会副会長だったんだ。俺が会長でさ……あいつは学園のマドンナ……ってのは柄じゃなかったが、それでも、皆があいつのことを好いてたと思うぜ」 「あ、中学では芽依菜が会長だったんですよ。……ふふ、芽依菜は見た目の可愛さもあるけど、性格も明るくて優しい天使みたいな子ですからね。皆から愛されるに決まってます」  濡れた髪を乾かして、着替えをすることですっかり染み付いていた線香の匂いはなくなった。  月瀬弥白が用意してくれた温かな紅茶を一口含むと、思っていたより身体が冷えきっていたことに気付く。  最初こそ気まずかったものの、気付けば初対面で共通点もないような僕たちは、唯一同じ『愛する人』を話題にして、尽きることなく言葉を交わしていた。 「メイってさ、昔からあんな感じだったのか?」 「ええ……でも小さい頃の彼女は、もう少し泣き虫で……」 「へえ? いつもニコニコしてるイメージだったし、意外だな……あ、でも一度だけ泣いてるの見たぜ」 「えっ、どんな時ですか!?」 「ははっ、内緒」 「えー?」  僕は子供の頃から中学まで、そして月瀬弥白は高校から大学までの彼女しか知らない。  互いに知らなかった時間のことを話しながら、そこに生まれたのは奇妙な一体感だった。 「……雪宮ってさ、本当にメイのこと好きなんだな」 「月瀬さんこそ」 「おう」  本来、好きな女の子が一緒の相手に感じることのないであろう感覚。  相手が自分の知らない彼女を知っている嫉妬心は、もちろんあった。けれどそれ以上に、死しても尚同じように彼女を愛しているのだと伝わるその声音が、とても心地好い。  彼女を無理矢理過去にしなくても良いその空間が、僕にとって救いだった。 「月瀬さんは、芽依菜のどんなところが好きだったんですか?」 「……そうだな、基本的に誰にでも優しいのに、流されるでもなく真ん中にどーんっと芯がある感じ?」 「ああ、わかります。彼女は揺るぎない自分を持っていた……昔からそうです」 「そっか、なら俺たちは、どの時代に出会ってたとしても、どうしたって花織メイナに恋してたってわけだ」 「……そうですね。だから、月瀬さんの知ってる彼女を、もっと教えてください。彼女の時間は、もう増えることはないけど……過去の一欠片も、取り零したくないんです」 「俺も同じだ。俺が出会う前のメイのことも、もっと教えてくれ」  こうして、亡くなった一人の女性を愛し続ける僕たちは、毎年彼女の誕生日に集まることに決めた。  本当は、すぐにでもたくさん話したかったし、毎日だって彼女のことを聞きたかった。  それでも、お互い言葉にしなくともわかった。限られた思い出を語り尽くしてしまうことで、彼女が本当に過去になってしまうようで怖かったのだ。  葬儀の日でも命日でもなく、芽依菜の誕生日を選んだのは、彼女について語る日は別れを嘆くよりも、出会いを祝いたかったからだ。  そうして、この出会いをきっかけに、僕たちにとって彼女との記憶は埋葬すべき過去ではなく、共有して笑い合う未来の約束となった。 *******
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