思い出語り。

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 彼女が歳を重ねない誕生日を迎えて、今日で五年目。  彼女の誕生日はこの五年間、毎日雨だった。あの日を思い出させる曇天を見上げて人知れず溜め息を吐きながら、僕は最寄り駅で人を待っていた。 「よっ、ユウリ! 遅れて悪いな、急な残業入っちまってよ」  待ち合わせ時間から少し遅れてやって来た月瀬弥白は、相変わらず整った容姿をしている。こちらに手を振って駆け寄ってくる姿は、何かのCMにでも使えそうだ。  けれど、その顔は少しくたびれて、あの日真新しかった喪服とは違い、堅苦しいビジネススーツも様になっている。 「弥白、お疲れ……大丈夫? 疲れてるところにお酒入れたらすぐ潰れちゃわない?」 「大丈夫だぜ、幾らでも飲めるよう明日は有休にしたからな!」 「めちゃくちゃ飲む気だなこいつ……」  あの頃大学生だった僕らも、今はもうすっかり社会人だ。芽依菜の話をする時には、大抵お酒を飲みながら朝まで語り合うのが恒例となっていた。  芽依菜について語り合うのは彼女の誕生日にと決めてはいたものの、あの夜連絡先を交換した結果、何だかんだ交遊関係の続いている弥白とは、今やこうして軽口を叩き合うくらいには打ち解けている。  それでも、彼と普段から一緒に遊ぶわけではないし、共通の趣味や交遊関係があるわけでもない。業種だって異なるし、芽依菜以外の盛り上がる話題も特になかった。  友達と言うには遠くて、知り合いというにはあまりに深い部分で繋がっている。  僕たちの関係は、一言で言い表せない何とも不思議なものだった。 「……メイが居たら、飲みすぎだって叱られちまうかな」 「んー……溜め息混じりに笑って、何だかんだ世話を焼いてくれる気がする……『優理くん大丈夫? お水飲む?』とか」 「そうか? 案外『自業自得だよ』って放っとかれるかも知れないぜ?」  僕たちの中の芽依菜像は、もはや想像の域を出ない。それでもこんな『もしも』を想像して話すのは、不思議と悲しい気持ちよりも、同じように彼女を想う同士がいるという安心に繋がった。 「今日は僕の家で飲もう。片付けしてたら小学校の卒業アルバムを見つけたんだ」 「マジか! 俺も高校の卒業文集とアルバム持ってきた!」 「それでその大荷物か……」 「ははっ、今日は朝までコースだな!」 「酔い潰れたら自業自得だって放っておくからね」 「そこは水くれるんじゃねぇの!?」 「僕はそんなに優しくない」  僕の住むアパートに他人を招くのは、初めてだった。弥白のように社交的ではない僕は、パーソナルスペースに誰かを近付けるのをあまり好まない。  これまで芽依菜だけが、僕の心に住むことのできる特別だった。 「お邪魔しまーす」 「適当に座ってて。今用意するから」 「おう、ありがとな」  冷蔵庫に用意していた安い酒をテーブルに幾つも並べて、お互いすっかり把握した好みの物をグラスに注ぎ、雑談混じりに持ち寄ったアルバムを広げる。  芽依菜が生きていたなら、こんな風にこいつと酒を酌み交わすこともなかっただろう。  そもそも彼女の生前出会うこともなかったし、もし何らかの偶然で出会っていたとして、お互い確実に牽制しあって喧嘩している。何しろ同じ女性を、同じだけ愛しているのだ。 「お。これメイか?」 「ん? あ……そうそう、よく見つけたね、そんな小さいの」 「愛の力だな!」  彼女が生きていたなら、こんな風に、愛を語るにもじんわりと涙が滲むことはなかっただろう。  芽依菜のことを思い浮かべるだけで、愛しくて、苦しくて、悲しくて、寂しい。  どんなに想ったとしても、もう叶うことのない、生産性のない恋。  こんな想いを、うっかり誰か他の人に話したところで『一途』だの『純愛』だのと一見褒めるような言葉の後に、『早く次の恋を見付けろ』と何も知らないくせして親切ぶって諭されるのだ。  弥白とは同じ立場だったから、そんなことを言われずに済むのが楽だった。だからつい、酒の加減もせずいつも飲み過ぎてしまう。 「……あれ、空っぽだ。もう一本あけちゃった」 「お? 他の飲むか?」 「いや……同じのもう一本あるから、それ飲む……」  そうだ、ずっと同じでいいじゃないか。  新しい恋に踏み出すのが芽依菜への裏切りだとか、仰々しく宣うつもりはない。  そもそも彼女だって、死んで五年経った今も想っていると知ったなら、きっと同じように諭すのだろうから。  けれど、報われないこの気持ちを持ち続けるのは、紛れもない僕の選択だった。
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