思い出語り。

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「……つうか、今日飲むペース早くねぇ? ユウリは普段から酒飲むんだっけか?」 「あー、まあ会社の付き合いで少しは……?」 「はは、甘い酒以外苦手だろうに、誘われたら断れなそうだもんな」 「う……」  顔をしかめながらグラスの中身を一気に煽る僕に、弥白はふと真剣な面持ちで問い掛ける。 「……なあ。飲み会でさ、彼女居ないのかとか、結婚しないのかとか聞かれねぇ?」 「……、毎回聞かれる……」 「やっぱり。……あれ、めちゃくちゃしんどいよなぁ……」 「しんどい……世間の『正解』を押し付けないで欲しい。僕たちは、叶わなくたって、未来がなくなって……ただ彼女を愛してるだけなのに……」  こんな恋は、周りには理解されないと痛いくらいわかっているけれど。仕方ないと割り切れることもなく、いつしか否定されるのが嫌で、飲みの席や友人同士の集まりで恋話を振られても曖昧に笑って誤魔化すようになってしまった。  彼女への想いは恥じるべきものでもないのに、否定されたくないから秘めるしかない。  そんな気持ちを唯一共有出来る相手が、恋敵でもある弥白だと言うのは些か複雑ではあるけれど。それ以上に特別で、得難いものだと理解している。  こうしてこいつと話している間は、過去の想いではなく現在進行形の恋なのだと思えた。  誰からも否定される彼女への愛を、彼の前でなら許される気がした。 「……僕ね、ずっと夢だったんだ。芽依菜と幸せな家庭を築くの」 「はは、赤い屋根の大きな白い一軒家で、犬でも飼いながらってか? ベタだなぁ……」 「ちょっと、揶揄わないでよ」 「悪い悪い」 「……小さいアパートでも、何でも良い。彼女が居てくれたら、きっと幸せだった」 「何だよ……もう幸せになれないみたいに言うなよ」 「あ、いや……ごめん……そんなつもりじゃ……。……ほら、過去にもまだ僕の知らない芽依菜がたくさん居るしね! 思い出の中で、想像の中で、彼女には、いつだって会える……」 「ユウリ……」  暗くなりかけた空気を戻そうと、僕は手元のアルバムをパラパラと捲る。  弥白が持ってきた高校のアルバムの中、見慣れない制服姿の芽依菜はいろんな写真に映っていて、人望があったのだと自分のことのように誇らしくなった。 「……俺も、さ」 「ん?」 「あいつが居なくなってから、出口のない迷路に迷い込んだみたいで……幸せな未来なんて思い描けなくて、立ち竦みそうになることがある」 「え……弥白が?」 「なんだよ、意外か?」 「うん……弥白、コミュ強で友達多そうだし、会社もめちゃくちゃ良い所だし……芽依菜のことを除いても、十分幸せそうだなって」 「……俺さぁ、元々勉強も苦手だったし、人付き合いもそこまで得意じゃなかったんだぜ?」 「え!?」  予想外の言葉に、僕は思わずまじまじと目の前の彼を見つめる。  高身長で整った顔立ちをした、明るい声と笑顔が似合う男は、僕の反応に情けなく眉を下げてから、卒業アルバムの隅っこの写真を指差す。 「これ、一年生の頃の俺」 「……は!?」 「まあ、こんな酷かったのは一年の最初の頃だけだったけどな」  そこに映っていたのは、皆が楽しそうに過ごす端っこで気まずそうに背を丸めて佇む、長い前髪で顔を隠すようにした大人しそうな少年だった。 「え、いや、次のページの二年生最初の集合写真、アイドル並みのキラキラスマイルじゃん。こんな変わる……?」 「……一年の頃にメイに惚れて、あいつに釣り合うために苦手なもん克服したり、めちゃくちゃ努力してさ……結果今の俺があるんだ」 「努力……」 「だから、俺の今手にしてる幸せってのは、全部メイありきなんだよ」 「そっか……弥白は凄いね」  僕は、彼に対して勝手に抱いていた劣等感を恥じた。それと同時に、幼馴染みというアドバンテージだけで彼と同じように彼女を愛していると語るのは、何だか申し訳ない気持ちになる。  芽依菜への一途な気持ちは本物なのに、彼とは同士だと思っていたのに、僕は彼女と並び立つために自分を変えようとすることはなかったのだ。  精々勉強を頑張って、良い進学先や良い会社に入る。そんな風に自分の出来ることだけを伸ばしてきた。  そして彼女との未来の安定を漠然と想像するだけで、具体的に彼女にアプローチをするだとか、好いて貰う努力をしたことがないことに気付く。  たとえ今から努力をしようとしたって、もう彼女の隣に立つことも叶わない。  彼女が居なくなってから、こんなにも後悔したり、届かぬ愛を語ったところで何の意味もないのに。 「……ユウリだって、凄いさ」 「え、どこが……?」 「幼馴染みったって、高校からはほとんど付き合いもなかったんだろ? それでも、こんなにもずっと一途に想ってられるんだ。凄いよ」  つい今しがた、変われたことを凄いと感じた相手に、変わらないことを褒められる。その奇妙な感覚に、僕は戸惑った。 「僕は……昔から人見知りしがちで。でも、根気よく芽依菜が声をかけてくれて、一緒に居てくれたから、孤立せずに済んだ。芽依菜が居てくれたから、今の僕で居られる」 「そっか。俺たち二人とも、メイに生かされてるようなもんだな」  もう何杯目かもわからないお酒を注ぎながら、僕はぽつりと呟く。 「本当はね……芽依菜が死んで、後を追おうかと思ったんだ。彼女の居ない世界で、うまく呼吸が出来る自信がなくて」 「……そっか。実は俺も」 「えっ」  湿っぽくなってしまった呟きに対して、いつもと変わらない声音で同意され、僕は思わず視線を向ける。  彼はグラスを傾けながら、あの日を懐かしむように雨の打ち付ける窓ガラスを眺めていた。 「でも、いざどう死のうか考えてたら、葬儀の後雨の中泣いてるお前を見つけてさ……こいつは俺と同じだって、気付いたら声かけてた」 「……後悔してる?」 「いや。あの日声をかけたから、俺は俺の知らないあいつを知ることが出来た」 「それは、僕も感謝してる……」 「……なあ、俺たちさ、こんだけメイの思い出とか話してるだろ? あいつ、今頃天国で『一人でつまんない』ってぼやいてるかもしれないからさ。……いつか、俺たちが天国に行く時には、今度はメイの知らない俺たちの話をしてやろうぜ」 「……僕らがどれだけ芽依菜を愛してるか、とか?」 「それもだけどさ、俺たちが、あいつの居ない世界でどんな風に生きてきたか」 「……そうだね。ふふ……芽依菜に話せるような思い出、たくさん作らなきゃだ」  僕は手元のアルバムを閉じて、過去から未来へと目を向ける。 「……ねえ、あの日僕を死なせてくれなかった責任取って、思い出作り、協力してくれる?」 「おう! もちろん!」 *******
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