暗闇で二人・・・

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暗闇で二人・・・

 グー、グガガガ……ギギギ……。  異音が耳に入ってくる。  俺は、何か分かっている。いびきと、歯ぎしり。  自身が発する不快な音で、現実世界に引き戻されるのは珍しくない。  大丈夫。  目を開けなければ再び、眠りに落ちることができる。  しばらくすると、意識が遠くなっていった。  ……うっ、苦しい。酸素、酸素。  今度は別の理由で眠りが浅くなった。  無呼吸!  俺は、睡眠時無呼吸症候群だ。  周囲を手探り……シーパップはどこだ?  医者のすすめで、寝ている間に装置を着けることになった。  ホースにつながったマスクから空気が出る装置。酸素の圧力で強制的に呼吸をさせるものだ。  ない? おかしい。  固い手触り。タイルの上で寝ているようだ。ここは、ベッドじゃない。どこにいるんだ?  職場にいたはずだ。職場? 何の仕事をしてたっけ? 思い出せない。  何かが起こった気がする。喉元まで出かかっているが……思い出せない。  頭がボーっとする。  まずいぞ。息が止まっている。酸素を取り込め。  長いと無呼吸は2分を超える。失神してもおかしくない。  幸い、今は意識がある。自分の意志で呼吸が出来る。  息を吸って、また寝よう。  口を大きく開いて、肺へ空気を送り込んだ。  フッと何かの香りがする。この匂いは?  複数の香りが混じっている。ラベンダーだ。線香のような匂いも混じっている。  ここは、どこだ? 記憶が混乱している。  ……名前は「葉山」だ。俺の苗字は葉山。名前は思い出せない。  空気を吸ったおかげで、頭がスッキリしてきた。  耳を澄ますと、微かな音が聞こえた。シューという、スプレー缶から薬剤が出るときのような音。  何か漏れているのか?  ガス漏れ? 匂いが違う。  それよりまず、ここがどこか確認しなければ。  睡眠を諦め、重いまぶたを開いた。  何も見えない。  周囲は真っ暗だった。  真の闇。ブラックホールの中にいるような気分だ。  自宅では、寝るときに常夜灯は付けない。だが、何らかの光はある。蛍光塗料で光る時計の針や、カーテンから漏れる月明かりなどだ。  そのどれもない。黒い闇が広がっていた。  俺は、ゆっくりと立ち上がる。  両手を広げて体を回転させるが、周囲に壁はない。  数歩、進んでみた。  ギャ!!  猫が尻尾を踏まれたときのような奇声を上げてしまった。  何かを踏んだ。柔らかい何かだ。  膝をついて手探りで、おそるおそる触ってみる。  ――この触感は人! 人間だ! 死体? まさか!  足であろう部位を触ってみる。ほんのりと暖かい。  生きている。いや、死んで間もないということだってありうる。  順に上半身へ手を這わせていった。  ――キャー、痴漢!!  胸の辺りを触ったときに、膨らみを感じた。その瞬間、室内に女性の叫び声が響き渡った。  突然の奇声に俺は、尻もちをついて後ずさった。 「誰? ここはどこ? なんで真っ暗なの!?」 「落ち着いてください」 「痴漢!! 何もしないでください!」 「すみません、謝ります。俺も、ここがどこなのか分からないのです」  出来るだけゆっくり、刺激しないように語った。 「俺は葉山といいます。下の名前は忘れました」 「葉山さん? 私、佐竹です。佐竹……あれ、私も名前が思い出せない」  女性は俺の名前を知っていたようだが、俺は「佐竹」という名前に覚えがなかった。 「ひとまず、この部屋を探索しましょう。ここを出るまで喧嘩はしない。協力体制を維持する。いいですね?」 「は、はい」  ひとまず、痴漢の疑いは晴れたようで安心した。 「この部屋、変な匂いがしません? トイレの芳香剤みたいな」 「ラベンダーですね。重要ではない気がしますので、匂いは置いておきましょう」 「手をつなぎましょう。その方が安全だ」  痴漢がどうとか言われるかと思ったが、彼女は素直に俺の手を握った。  まずは、懐中電灯を探すことにした。  固い床から推察するに、住宅ではなさそうだ。オフィスか学校。 「焦らずに探索しましょう」  のろのろと歩み、10歩ほどで壁に行き着いた。 「ここからは、分担して探索しましょう」  彼女は、左右に別れて壁つたいに部屋を一周しようと提案した。部屋のサイズが分かる。ドアがあれば外に出られるかもしれない。  俺は左、彼女が右。声を出し合って存在を確認しあう。 「キャ! 何か……何かある!!」  彼女の叫び声が室内に響いた。 「落ち着いて!」  佐竹という女性は、驚くと大声を上げてしまうらしい。 「ひいーーー。柔らかい何か……何かがある。こ、この感触は、ひっ、人だわ!!」 「すぐに行くので、動かないで」  俺は壁を右側につたって、彼女のたどったルートを移動した。 「大丈夫?」 「う、うん」  震える彼女の声が下側から聞こえた。床にへたり込んでしまったらしい。 「落ち着いて。調べるから」  床の位置を確認し、彼女のいる場所から順に手探りの範囲を広げた。 「ぐっ」  何かあると分かっていても、手に触れると思わず声が漏れた。太さから足だ。触る位置を移動させる。靴……革靴のようだ。  倒れている人のズボンの裾をまくり上げた。  肌に触れる――冷たい。
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