《尾上 沙綾》

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将悟にアドバイスを受け、そうして過ごすと、ほんの少しだけ、周りの対応が優しくなってきた気がした。 元々無愛想だと言われた沙綾だ。 表情は相変わらず硬かったが、それでも時折、ほんの少しだけ人に笑顔を見せる。 そうすると、たわいもない会話をする人が少しだけ出来た。 そんな環境の変化を受け入れた頃、奈嗣と出会った。 ◇◇◇◇◇◇ フランスで見掛けた、女性に気軽に声を掛ける軟派な男性と、目の前で女性を連れて歩く奈嗣に、最初は違いなど無いように思えた。 なのに、不思議と奈嗣には“嫌悪感”や“警戒心”を持てずにいた。 だから“警戒心”を保つ為に、沙綾は奈嗣と会話をする時には自分を叱咤する様に“警戒心”を持つ様に言い聞かせていた。 『さぁちゃん』 優しくそう呼び掛ける奈嗣の微笑みに、次第に絆される。 そして微笑んでいるのに、その瞳は何か“違う“ものを映し出しているようにも感じた。 それが尚更、沙綾を引きつける。 だけど奈嗣は、沙綾を『女』として見ないと言う。 奈嗣の言う『女』と言うのは、性的対象として見る事が出来る女性の事を言うのだろうか。 奈嗣の横を歩く女性は、華やかで美しい女性ばかり。 まるで“真紅の薔薇”を連想させる、艶やかな女性。 それならば、沙綾は敵わないだろう。 『無愛想』で『無表情』な、他人と碌にコミュニケーションを取る事も出来ない。 未だ、奈嗣と会話をする時も、奈嗣主体で話しが成される。 警戒している筈なのに、奈嗣の事が知りたいと思う。 だけど二人の会話はたわいもない、近況や時候、その時の食事の事ばかり。 二人とも、互いのプライベートに深く入り込んだ会話をしないのだ。 それが奈嗣の『答え』なのだ。 『女』として見ないから、奈嗣は沙綾のプライベートを聞かない。 『期待』してはいけない。 なのに、時折感じ取ってしまう奈嗣の『優しさ』に囚われる。 月に一度、繰り返される食事。 そして有り得ない相手との待ち合わせの為に立ち去るまでの間、奈嗣に手を握られ過ごす。 沙綾の手に残る、奈嗣の体温がまるで“恋情”のように降り積っていく。 誕生日を迎える度に、奈嗣は沙綾にゴールドのチェーンを用いたアクセサリーをプレゼントした。 二年目の誕生日には“ネックレス”。 三年目の誕生日は、元々プレゼントされたゴールドのブレスレットに連結して二連のブレスレットに出来るように造られたゴールドのブレスレット。 四年目の誕生日は、ネックレスが二連になるように造られたゴールドのネックレス。 奈嗣のプレゼントしてくれた“ブレスレット”や“ネックレス”が、沙綾の手首や首に巻きついていくかのようだ。 そしてその全てのプレゼントには、とても小さなプレートが付いていた。 プレートの端には“ルビー”と“スフェーン”という、小指の先程にも無い小さな宝石。 そして刻印された『637』。 ブランドの商品名の名前かもしれなかったが、沙綾は詳しくないので分からなかった。 インターネットで調べて見たりもしたが、そこでも分からなかった。
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