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(0)プロローグ
朝の憂鬱から逃げ出して飛び乗った電車は、異世界に繋がっているような異質さだった。
ひとりも乗客がいない。
ホームには自分ひとりしかいなかったのか……。
そんなことはない。毎日通勤客や学生で電車もホームもごった返しているはずだ。
なぜ自分がここに居るのか、どうやって誰も居ない電車に乗ったのか、乗車時のことをまったく思い出せず、ゾッとした。
慌ただしく通学鞄をまさぐると、スマホが床に落ちた。7月4日7時14分。待受画面が現在の時刻を映し出す。
『北見 朱音 16歳』
鞄の内ポケットから、自分の名前が印字された通学定期券を発見してほっとひと息つく。
ちゃんと定期券がある。改札を通って電車に乗った……はずだ。
すぐに不安になる。改札を通過する動作なんて毎度のこと過ぎて覚えていない。
ふとスマホを見ると、時刻は7時14分で止まったまま。しかも、圏外になっている。状況を確認しようにも電波がなければ調べようがない。
人の気配が無い車両は静まり返り、走行音が耳障りなほどに響いていた。普段はただの背景でしかなかった騒音が、鼓動を急かすようにカタタタン、カタタタンと徐々に早くなる。
突如、車両の窓が大きな音を立てガタガタッと震えた。びくっと肩を震わせ、音がする方に振り向く。隣の車線を走る車両とすれ違うところだった。
早くて目で追えない。
それでも、すれ違う車両にたったひとりの人影が見えて、目を細めた。年齢、性別、体格まではわからない。後ろ姿が見えた気がした。
首を捻らずにはいられない。
朝の通勤、通学ラッシュなのにすれ違う電車の乗車客はたったひとり……。
心細さが限界に達した時、コツコツと足音が近づいてきて、背筋に冷たい感覚が走った。
誰かが、来る……!
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